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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第一章 殺したがりの少年と死にたがりの少女(1)

 異臭と喧騒に満ちた監獄の中で、佐倉鏡也さくらきょうやは目を覚ました。
 牢獄の中には、嗜好品はおろかベッドもトイレも何もありはしない。石造りの正方形な牢屋に、白一色の衣服を着せられた囚人たちが一人ずつ入れられているだけ。目蓋を開いて見える光景は、そんな味気のないものばかりだ。
 壁によたれかかって眠っていた鏡也が、目を覚まして一番最初にした動作は舌打ちだった。
 おそらく一時間も眠っていないだろう。周囲の様子からそれは見て取れる。もっと眠っておけば、今頃は皆もおとなしくなって眠りこけているはずだった。
「てめぇ! 今こっちにガン垂れやがっただろ!」
「てめぇが先に睨んできたんだろうが! 因縁つけんじゃねーぞじじぃ!」
「うっせーぞお前ら毎日毎日! 静かにしろやクズ共が!」
 鉄格子越しに、囚人たちが騒いでいる。よくもまぁ、毎日飽きもせずに罵り合いができるものだ。その体力と精神力だけには感心せざるを得ない。
 だがこんなに騒がしければ当然癇に障ってしまう。なので周囲が寝静まるまで寝ていようと思っていたのだが、中途半端なところで目が覚めてしまった。もとより眠気はないので二度寝は中々できるものじゃない。
 鏡也は無造作に伸びた少々長めな黒髪をかきあげ、どう暇を潰そうか思案する。と言っても、こんなところに暇潰しできるような遊び道具はない。他の囚人と会話でもしたいところだが、周りはもれなく狂人ばかりなので、まともな話し相手にならなかった。
 しかし、それは鏡也にも同じことが言えるのだが。
 鏡也が狂人共と一緒にこんなところにいるのは、冤罪だとか誰かの陰謀だとかそんな類のものではない。
 鏡也が紛れもなく最も重い罪――『殺人罪』を犯したためにここにいるのだ。十六歳という若さにも関わらず。
 故に、鏡也に周りの連中を見下せる権利などあるわけがなかった。自分も彼らと同類なのだから。
 いつものように囚人たちが啖呵を切っていると、廊下の奥にある扉が突如開いた。
 まだ飯の時間にはなっていないはずだが――誰もがそう思って扉に目を向ける。正確には、扉から出てきた女性へと。
 ハイヒールで床を踏み甲高い音を立てながら、女性は廊下を歩いてくる。おおよそ二十代後半くらいの白衣を着た女性は、どう見ても鏡也たちと同じ囚人には見えない。間違いなく囚人たちを捕らえる側――機関の人間だろう。髪型には特に拘りを持っていないのか、バッサリと切られた感じで、ファッション性は欠片も感じられない。
 囚人たちは一瞬静かになったかと思うと、すぐにまた騒がしくなった。ただし今度は女性へのヤジが主となっている。
「おい姉ちゃん! ちょっとこっち来いよ! こっち向けよおい!」
「こら出せやぁ! 殺すぞアマぁ!」
 標的が変わっただけで、内容はさして変わっていない。女性は彼らの声が何も聞こえていないかのように、立ち止まることも振り向くこともなく歩いている。女性にしては芯の強そうな奴だ。
 鏡也は彼女への興味もすぐに失せ、床に仰向けに倒れる。飯の時間でないのなら、特に気に掛ける必要はない。それよりも、鏡也にとってはこの暇をどう潰そうか考える方が大事だった。
 だがそんな鏡也の考えをよそに、女性は鏡也の牢屋の前で立ち止まると、見下すように視線を向けてきた。
「佐倉鏡也。用があるわ、起きなさい」
「あぁ?」
 不意に声を掛けられることになった鏡也は、気怠そうに体を起こす。
「……機関のお方が俺に何か用かよ」
 不機嫌さをまるで隠すこともなく口にする。対して女性はその様子を見ても、眉一つ動かさず鏡也を見つめていた。
「あなたに取引を持ち掛けに来たのよ」
 騒々しい周囲を無視して、女性は鉄格子越しに淡々と説明する。
「二十二人殺しの連続殺人犯、佐倉鏡也。一年以上もの間、機関の目から逃れてきたあなたの暗殺能力を見込んでの取引よ。乗ってくれるのならとりあえずこの場から出してあげるのだけれど」
 その言葉に他の囚人たちの文句が激しかったが、鏡也は冷静に思考を重ねる。
 鏡也が二十二人もの人間を殺したことは分かっているようだが、この女性はあろうことかそんな男を牢獄から出すと言った。『取引』という言葉を使うからにはタダで釈放するというわけではないだろうが、殺人犯を手放すというリスクを背負う以上、それ相応のことは求めてくるはずだ。
「何をするかも分からない取引に簡単に応じる程、俺も馬鹿ではねぇよ。勿体ぶってねぇでその取引とやらについて詳しく話しな」
 何を成し、代わりに何を得られるか明確になるまで誘いには乗らない方が良い。
 相手は機関の人間で、自分は彼らに捕らえられた囚人なのだから。
 下手に口車に乗せられて割の合わないことをさせられるわけにもいかない。
「簡単よ」
 女性はあっさりと取引について口を割る。
「あなたに殺しの依頼をしたいのよ。対価としてあなたを釈放してあげる。まあ、常に機関が動向を監視するから、完全な釈放とはいかないけど。機関お預かりの殺し屋になるとでも思ってくれればいいわ」
 淡々と発せられたが、本来それはこの女性が口にして良い言葉ではない。
 鏡也は思わず失笑し、それからまくしたてるように言葉を吐き出す。
「機関が俺に殺人の依頼だと? これはお笑いぐさだな。昔の法律とやらを模倣したものを作って正義の使者気取りのお前らがか? 犯罪を犯した俺たちをこんなとこに閉じ込めておいて今度は殺しをしてくれとは随分おかしな話じゃねぇか」
 かつて国家というものがあったが、遙か昔の戦争で大敗を喫し、今では崩壊してしまっている。当時は法律というもので治安維持が成されていたが、国家崩壊後は完全な無法地帯となってしまっていた。だが二十五年前に機関という組織が国を支配することになり、機関独自の法律が生まれることとなったのだ。
 その法律に含まれる殺人罪により、鏡也は牢獄に入れられている。だがその法律を作った張本人が、殺しをしてくれと言い出している。
「殺人犯を『死刑』と称して殺したり、こんな取引を持ち掛けたり、機関の方々は本当に正義の味方なのか疑わしくなるよなぁ」
「私が訊いているのは取引に乗るか乗らないかよ。あなたの御託も機関の思想も関係ないわ。どうせあなたはその内死刑になる身、ここで取引に乗った方がいいんじゃないかしら」
 女性は鏡也の挑発を簡単に受け流した。機関の人間としては優秀だが、一人の人間としては、果たして。
 この女性の言うように、鏡也は既に死刑が確定されている。ならば誰かを殺すことで死刑が取り消しになるのなら願ったり叶ったりだ。今更殺人を犯すことに抵抗を感じるような人間はこの監獄にいるはずがない。
「……いいぜ。機関に狙われてるってことはそいつも相当な悪人ってことなんだろうが、そんなクズを殺して俺が助かるなら乗ってやるよ。いい加減、ここでの暮らしも飽き飽きしていたからな」
「交渉成立ね。詳しい話は別室でしてあげる。ここじゃ落ち着いて話もできないわ」
 確かに他の囚人たちは鏡也だけが解放されることに不満が一杯のようだった。
 怒号のような汚いヤジが女性と鏡也に向けて口々に発せられるが、それに応じたり萎縮するような二人ではない。けれども、こうもうるさくては話に集中できないのは当然だ。
 女性は白衣のポケットから鍵を取り出し、牢屋の鍵穴に差した。
「おい、いいのかよ。手錠もかけてねぇ俺をそんな簡単に出して」
 鉄格子は凶器を持っていても破壊するのは骨が折れるし、扉は頑丈な鍵で固定されている。そのため中にいる囚人は手錠を掛けていない。この場で鍵を開ければ、鏡也は一人野放しとなる。
 今ここには、この女性以外に機関の人間はいない。もし鏡也がこの女性を気絶させるか殺すかすれば、簡単にこの場から逃げ出すことができるだろう。
 だが女性は構わずに鍵を開ける。キィッと耳障りな音をあげて、扉が開け放たれた。
「私を殺しても意味はないわ。それはあなたも判っているでしょう?」
 連続殺人犯の鏡也が解放されても、女性は無防備のまま。
 たとえここで鏡也が女性を殺したところで、監獄から脱走するまでに何人もの機関の人間と接触するだろう。そうなれば捕まるのは必至のうえ、今後は間違いなく鏡也に取引など持ち掛けてはこない。
 つまり鏡也にとって、この女性を殺すことにメリットがまるでないのだ。それが判っているからこそ、女性も堂々と鏡也の前に立っている。
 こちらの考えまで計算された上での行動。
「ちっ……いけ好かねぇ奴」
「減らず口をたたける余裕があるなら結構。早速取引の詳細を教えるから、私の仕事場に行くわよ。ついて来なさい」
 言われるがまま、鏡也は女性の後を追う。
 監獄の中は、囚人たちの怒声だけがこだましていた。
「そんな奴出してどうするつもりだぁ? 俺たちの方がよっぽどまともな人間だぜぇ!」
「今度はその女も殺すつもりかガキぃ! 何日で戻ってくるか楽しみにしてるぞ! ギャハハッ!」
 ストレスのはけ口としてか、または鏡也だけが釈放される嫉妬からか。どちらにせよ有象無象な連中だ。
「相変わらずここは品性の欠片もない輩ばかりね」
 見飽きたというように、女性が周りに侮蔑の目を向ける。
 もちろんその言葉には鏡也のことも含めているのだろう。所詮鏡也は彼らと変わらない、むしろもっと酷い犯罪者なのだから。
「……その言葉には同意してやるよ」
 それが判っているからこそ、そんな言葉が出た。



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