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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第一章 殺したがりの少年と死にたがりの少女(2)

 仕事場、と言っても、ただ書類が乱雑しているだけの小汚く狭い部屋だった。
 長い机の上にパソコンが置いてあるだけで、周りは書類の山だ。
「持て成すお茶もないけど我慢してもらうわよ」
 女性は椅子の上の書類を適当に放って腰掛ける。
「本題の前に、一応自己紹介しておくわね。私は灰村舞はいむらまい。ここ、第五十九区の区長を担当しているわ」
「区長? お前が?」
 機関はこの国全域を統治しているわけではない。今はまだ領域を拡げている段階であり、一定の範囲ごとに区というもので区切っている。
 現在は第九十二区まであり、鏡也が捕らえられていたこの監獄の場所は第五十九区に位置する。灰村の言う区長とは、それぞれの区を治める長だ。
「そりゃ中々お偉い人がわざわざ俺のとこまで来てご苦労なこって。区長っつーもんはみんな広い部屋でぐうたらしてるだけのジジィばかりだと思ってたがな」
「あながち間違ってないわよ。私も区長になったのはつい最近だから。前区長は比較的年寄りな人ではあったわ」
 灰村は書類の山から一枚の写真を抜き出すと、それを鏡也に手渡してきた。
「それがあなたに殺してもらうターゲットよ」
「あぁ? ……これがか」
 鏡也は渡された写真を眺める。
 機関が暗殺の依頼をしてくるからには、それはそれはとんだ極悪人だろうと踏んでいた鏡也だったが、写真に写る人物を見て首を傾げずにはいられなかった。
 写真に写るターゲットは、年齢が十に達するかも分からない小さな女の子だった。
 裏返してみると、隅に『工藤日姫くどうひひめ』と書かれてある。それ以外には何もなく、どうやらこの写真に写る工藤日姫という子供がターゲットで間違いないらしい。
「んだこりゃあ。こんなガキが一体何やらかしたってんだ?」
「それをあなたが知る必要はないわ。あなたの仕事はその子を殺すことだけよ」
 灰村の言うことはもっともだ。これから殺す相手のことなど知っても大した得はない。それに鏡也はただ殺しを依頼されただけの身であり、決して灰村たち機関にとって味方というわけではないのだ。
 だがそれでも、気にならないと言えば嘘になる。
 十歳程度の少女を殺すために、危険を冒してまで死刑囚を利用する目的は何なのか。この罪というものに出会ったこともなさそうな少女に、それほどの価値があるというのか。
「……面白ぇ。このガキを殺すことは機関にとってよほど重要なことみてぇだな。こんなガキがどんな大犯罪犯したか俺も興味あるが、ここは黙って従っててやるよ。こういうクズはとりあえず死んでおくべきだろうしなぁ」
「賢明ね。工藤日姫の家は第五十九区にあるから、地図を渡しておくわ」
 灰村から第五十九区の地図を受け取る。
「それから、今後はあなたの拠点としてもらう家を第五十九区内に用意しておいたから。これがその鍵よ」
 小さな鍵を放り投げられ、それを片手であっさりとキャッチした。
「随分気前がいいな」
「殺し屋として働いてもらうからには、それ相応のものはこちらも用意するわ。他にも何か欲しいものができたらこれで伝えて頂戴」
 渡されたのは黒い携帯電話。
 国家があった時代には誰でも持っているというくらい普及していたものらしいが、機関が造り直してからはまだ高価で持っている人間は少ない。
 元死刑囚であったことを考えると、かなりの好待遇だと言えるだろう。
 一応鏡也も機関に捕まる前までは持っていたので、使い方は分かっている。電話帳を確認すると、『灰村舞』と一つだけあった。
 用意が良いものだ。
「ただし、銃器などは要求されても支給しないわ。何をするか分からないしね」
「……それでどうやって殺せと?」
「あなたならできるでしょう? たとえ素手でだって」
 褒めているつもりなのか嘲ているつもりなのか。
「さて、これからあなたを解放することになるわけだけど、もちろん監視役は付けさせてもらうわよ。入ってきなさい」
 灰村が指示すると、鏡也の背後にあったドアが開いた。中に一人の女性が入ってくる。
「彼女があなたの監視役である、藤堂理恵よ」
「あっ理恵でいいですよー。私、堅苦しいの嫌いなんで」
 肩までかかるふわふわとした茶髪を揺らして、理恵が鏡也の前に立つ。背丈は鏡也より一回り小さいが、年齢は同じくらいかもしれない。おそらく十六、七歳のように見えるが、機関は若い女性が流行っているのだろうか。
 服にも髪にも一切ファッション性がない灰村とは違い、それなりに気遣っているようだ。年相応に可愛らしい服装をしていて、爽やかな印象がある。
「どうも、藤堂理恵です。あなたの監視役として、これからお供することになりました。よろしくお願いします」
「ん、あぁ……」
 挨拶を済ませると、理恵は鏡也に近寄って上目遣いにジロジロと顔を眺めてきた。まるでこちらを品定めするような様子に、鏡也は反射的に一歩退いてしまう。
「何だ、お前」
 髪からシャンプーの匂いが漂ってくる。やはり身なりには気を遣っているようだが。
「……いいえ。ただ平気で人殺しできる人を間近で見るのが初めてなもので。どんな顔つきなのかなぁって思っただけですよ」
「ふん。まるで見せ物だな」
「気を悪くしないでくださいよー。別に機嫌を損ねる目的で言ったわけじゃないですし」
 殺してくれと頼んできているそっちも似たようなもののくせに。
「おい何なんだ、こいつ……」
「ふふ。これから一緒に暮らすことになるんだから仲良くするのよ。言うまでもないけど、彼女が死んだら機関には筒抜けよ」
「俺が殺そうとするの前提か」
「念のためよ」
 鏡也はため息をつき理恵から離れる。
「で、もういいのか? 俺はさっさとこんなところ出たいんだがな」
「そうね。細かいことは後で理恵の方に訊けばいいわ。今日はもう家の方に行っていいわよ」
 鏡也は躊躇することもなく身を翻しドアを開ける。
「あっ、その前に一つ鏡也さんに訊きたいんですけど」
 と、そこで理恵に呼び止められた。
「何だ」
「私、人を殺したことないから気になって。どうして二十二人もの人間を殺したんですかぁ?」
 無邪気とも挑発とも取れるような理恵の質問。
 鏡也は一瞬の躊躇いを見せた後、歪んだ笑みで答えた。
「もし俺がここでお前と灰村を殺したとしたら、その理由は二十二人のときと全く同じだろうな」
「つまり特に理由はない、と」
 つまらない返答に落胆しているのか、理恵はそれ以上何も言ってこなかった。


 久しぶりに外に出てみた感想はこれと言ってなかった。
 別に監獄にいるのは周囲が煩わしかっただけで、釈放されるのを望んでいたわけではなかったからかもしれない。
 理恵の案内で灰村が用意した家に着くと、空は大分暗くなっていた。
 家は一階建てで若干貧相な感じのするところだったが、お陰で機関の人間が住む場所とは思われないだろう。
 鏡也は世間でも有名な犯罪者だったが、機関が顔写真を公開していないため一般人にばれることはない。
 家に入ると、中は案外広かった。八畳くらいの居間に加えて、六畳ほどの部屋が三つ。居間にはテーブルと棚があり、食器などの最低限な道具は揃っている。
「しっかし何でこいつと一緒に暮らさなきゃならねぇんだよ」
「文句垂れないでくださいよ。あくまで私は監視役なんですからね。甘い展開とか考えないでくださいよ」
「一度自分の顔を鏡で見直してから言え」
「んなっ――」
 憤慨している理恵を無視して、鏡也はベッドに横になる。
「って、寝るんですか?」
「深夜になったら殺しに行く。それまで寝る」
「それはいいですけど……この家ベッドが一つしかないんですが」
「あぁ? それがどうした」
「いや私はどこに寝れば……」
 確かにベッドは一つしかないようだった。ソファもないため、他は雑魚寝しかない。
「寝場所がないなら寝なきゃいいだろ」
「そ、そこでレディーにベッドを譲るという精神はないんですか!」
「おやすみ」
「無視した! しかもそこだけ礼儀正しい!」
 何日ぶりか分からないベッドの感触を味わって、鏡也は眠りについた。



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