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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第二章 少女はただ涙を流す(3)

 鏡也はナイフを片手に持ったままその場に立ち尽くしていた。
 たとえどういう事態になろうが取り乱さずに対処できる自信はある。
 そう思っていたはずなのに、鏡也の体は時が止まったかのように凍りついていた。
 鏡也の予想では、日姫は逃げ回るか必死に抵抗してくるかの二択しかないと思っていた。
 まさか自分から殺してくれと頼み込んでくるなんて、そんなこと考えつきもしない。
「どうして殺してほしいんだ?」
 口から出た言葉に自分で驚く。
 依頼に関して鏡也は深く関わらない方がいい。鏡也はただこの子供を殺せばいいだけなのだ。なのにこんなことを訊いてどうする。
「理由なんていい。お前は私を殺してくれるんだろう? 私もお前に殺されたいだけだ」
 臆することなく告げる日姫に、鏡也は思わずたじろいでしまう。
 鏡也を油断させる罠かとも思ったが、こんなくだらないことで日姫を軽視するほど愚かではないし、不意打ちされたって返り討ちにすることはできる。
 何より日姫の姿は、どうしても嘘を吐いているようには見えなかった。
 しかし、だからどうだと言うのだ。
 日姫が死にたいと思っているなら好都合じゃないか。これほどやりやすい相手もない。何も躊躇することなんてないのだ。
 サクッと殺して帰ればいい。
 だが頭では分かっているのに、体が言うことを聞いてくれなかった。
 右手に持つナイフを日姫に向けることができない。
 鏡也が殺してきた二十二人の人間たちは、死を恐れる奴らばかりだった。殺さないでくれと言われたことはあっても、自ら殺してくれと言い出す奴などいなかったのだ。
 だから恐かった。
 自殺志願者を殺すことなんて今までになかったし、何よりも殺したいと思ったことなど一度もなかった。
「くそっ」
 何故か鏡也の頬には汗が垂れていた。今から殺される日姫は分かるが、まさか殺しに来た自分が冷や汗を垂らすことなんて。
「トチ狂ったこと言ってんじゃねぇぞクソガキが……!」
 汗が滲んだ右手で、力強くナイフを握りしめる。
 それを見て遂に自分を殺すと思ったのか、日姫が安堵するような表情に変わった。
 何なんだ、この子供は。
 と、そのとき部屋のドアが外側から強く叩かれ、続けて数人の声が飛んできた。
「日姫様! 何があったのですか!」
「ご無事ですか! 開けてください!」
 日姫の家はかなりの豪邸だ。おそらく使用人を何人も雇っているのだろう。それらが野次馬のように部屋の外に集まってきているに違いない。
 このまま日姫を殺すのを躊躇っていては、鏡也が逃げるのも難しくなってくる。
「気にするな! 何でもない!」
 日姫が使用人たちに声を投げ掛けるが、そんな言葉を信用してくれるほど事態は小さくないだろう。窓硝子が割れる音は聞こえただろうし、その後に日姫が叫んだのも聞こえているはずだ。
 日姫も焦りの表情を浮かび始めたところで、一際威圧感のある男の声が聞こえてきた。
「私です。開けてください」
 他の者が騒いでいるというのに一人だけ静かな、けれど重圧がある声だった。
 その男の声を聞いた途端、日姫の顔がみるみる蒼白になっていった。
「頼む。早くしてくれ……!」
 声を忍ばせて日姫が鏡也に言い寄ってくる。今更だが、日姫が死にたがっているのは間違いないことだと思った。演技でこれほどの表情ができるものか。
 それなら、自分は速やかに日姫を殺さねばならない。
 ドアは今すぐにでも破壊されかねないのだ。
 今ここで、殺す。



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