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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第三章 二人は仮初めの幸を得る(1)

 何かが焼けるような音がして、鏡也は目を覚ました。
 ぼけた視界で音の発生源を見ると、理恵が料理をしている姿が見えた。火を使った料理の音がこちらにも飛んできている。
 どうやらもう朝のようだ。
 鏡也は気怠そうに体を起こして居間に出る。
 壁に背をつけて座ったまま寝ていたのだが、これが思ったより深く眠れていた。長い監獄生活のお陰で布団がなくても寝られる体になっていたらしい。
 もっとも体の疲れはあまり取れていないのか、節々の痛みは相変わらずだ。
 居間にはテーブルの隅にちょこんと座っている日姫と、鼻歌交じりに料理をしている理恵がいた。理恵の方は昨日あれだけ怒鳴っていたりしたくせに随分と様変わりの早い。
 日姫は鏡也に気づくと、一瞬躊躇う素振りを見せてから口を開いた。
「……おはよう」
 何ともぎこちない言い方なのは、その言葉を言い慣れていないからかもしれない。
「もう大丈夫なのか」
 鏡也が訊いたのは昨日のことだ。日姫は両親の死に耐えきれず泣いてしまった。一日経っているとはいえ、まだ引き摺っている可能性はある。
 だが日姫は思ったよりも気丈な子供だ。
「あぁ、心配してくれなくていい。もう吹っ切れた」
 その言葉がどれだけ真実かは分からないが、少なくとも表に出すほどではないようだ。
「誰が心配なんざするか。近くでガキが泣いてると目障りなだけだ」
 そう毒づいて、鏡也は日姫の対面に座る。
「つぅかよ。あいつ料理できんのかよ」
 料理に夢中で未だ鏡也が目覚めていることに気がついていない理恵を見る。
 理恵は女性だが機関の人間であるため、家事ができるとは思っていなかった。機関では新人育成に料理まで教えているのだろうか。
「分からないがかなり自信満々だったぞ。楽しみにして待ってろと言われた」
「信じらんねぇ……」
「私も料理は使用人に作ってもらってたから、ありがたいんだけどな」
「あぁ? そういやお前の家裕福だったな。生まれたときから身分がいいとは幸せ者だな」
 現在日姫が立たされている状況を踏まえれば決して幸せとは言えないが、それは鏡也にしたって同じことだ。
「お前の方はどういう家庭だったんだ?」
「どうもこうもねぇよ。田舎だから裕福もクソもねぇし、簡単に言や平凡そのものだな」
「そうか。でもそういうのも良いと思うぞ」
「……あぁそぉ」
 日姫は子供らしくなくあまり喜怒哀楽が激しくない少女だが、鏡也と話している日姫は楽しそうだった。
 親でもなく使用人でもない対等な立場との人間と話すというのが珍しいのだろう。
「あれ、鏡也さん。起きてたんですか」
 二人の会話に割って入るように、料理を運んだ理恵がこっちにやってきた。
 もう数年は見ていない気がするような、非常に家庭的な料理だった。白米に目玉焼きに野菜炒め。それにわかめと豆腐が入った味噌汁だ。
 監獄ではまともなものが食わされなかったし、それ以前でもこんな平凡な料理を食べたのはいつだったか思い出せないくらいだ。
 日姫も少し驚いた表情で料理を見つめている。
「まぁ、張りぼての可能性はあるがな」
「むっ、何ですかその言いぐさは! 私の料理を食べて腰抜かしても知りませんよ!」
 過剰な自画自賛を無視することにして、鏡也たちは朝食を食べる。
「いただきまーす」
 理恵が元気に言うのを聞いて、日姫も恥ずかしげに呟いた。
「い、いただきます」
「……」
 そのやり取りを見て、鏡也が感じてしまったのは嫌悪感だ。
 こんなあたかも平和な風景とでも言うような場所に鏡也のような人間がいる。そのあまりにも居心地の悪い状況に嫌気が差したのだ。
「あ、おいしい」
「そうでしょ! さっすが日姫ちゃん舌が良い!」
 日姫は料理の味に感心していた。確かに鏡也も食べてみたが、味は見た目から想像される以上のもの。
「お前も一応女だったんだな」
「一々言うことがきついんですよ鏡也さんは! 一応って何ですか!」
「機関の奴らができるとは思わねぇだろ。灰村の奴までできるとか言ったら笑っちまうぞ」
「……あー、まぁ気持ちは分からないでもありませんけどね。灰村さんはできなさそうなイメージありますし」
 灰村と違って身なりにも気をつけている理恵は、やはり鏡也が考えている機関の人間像とはかけ離れているのかもしれない。
 ここ最近は食べ物なのかも怪しいものしか口に入れていなかったので、どれも鏡也にとっては格別おいしく感じられた。
「ところで鏡也さん、今日は何でベッドで寝なかったんですか?」
 理恵は日姫の隣に座って、自分の料理を満足げな表情で食べながら訊いてくる。
 鏡也はベッドを日姫と理恵に使わせて、一人壁に寄っかかって寝ていた。ベッドは一つしかないので誰かは必ず地べたに寝なければならないからだ。
 理恵が疑問に感じたのは、そこでベッドを譲るような奴じゃないと思ったからだろう。
「お前言っていただろう。一人で寝るのが怖いって」
「……えぇ、まぁ」
 日姫の家に行く前は、鏡也がベッドに寝ていたらいつの間にか理恵が勝手に潜り込んできていた。理由は知らないが何やら真剣な顔つきで、一人では寝られないのだと言って。
「このガキもベッド使わせてやんねぇと寝られねぇだろうし。だから二人で使わせてやったんだろ」
「はぁ、そうなんですか。それはまた」
「……何だよ」
「いえ、何でもないですけど」
 理恵は話を中断して食事に没頭する。何か言いたげな様子ではあったが。
 理恵と日姫のためにベッドを譲る鏡也の行動が、まさか優しいとでも感じられたのかもしれない。
 反吐が出る、と思った。
 鏡也が日姫にベッドを使わせたのは、ガキがごねるとうるさいと思ったからだ。理恵の方はまた勝手に潜り込まれたら気持ち悪くて仕方がないため。
 決して二人のことを思ってのことじゃない。それが分かっているのに妙に嫌な気分だった。
 やはり自分はこの場にそぐわない。
 その後も理恵と日姫は他愛のない世間話で盛り上がっていた。殺せと命じている側と殺される側だというのに随分と緊張感に欠けている。
 三人とも食べ終わった頃には、日姫は少し嬉しそうに口元を綻ばせていた。
「どうした」
 気になって尋ねた鏡也を見つめて、日姫は頬を少しだけ赤らめる。
「……夢だったんだ。こうやって誰かと一緒に食事をすることが。一緒にいただきますって言えることが」
 まるで家族のいない子供が吐くような台詞。日姫は両親がいたと言っても、区長などという多忙な親とは中々共に食事をする機会がなかったのだろう。
 一人で食べることの何が嫌なのか鏡也にはまるで理解できなかったが、そこは人それぞれの価値観かもなと思って黙っておいた。
「ところで、これからどうするんだ?」
 日姫が訊いているのは今日だけのことではなく今後の予定のことだ。
 鏡也たちは日姫をエサに貴崎をおびき出そうとしている。だがエサと言っても、具体的にどう釣るかなどの作戦は全く立てていない。
 とりあえずは灰村に言われた通り、日姫の要求を聞きつつの持久戦だろう。貴崎は見つけられれば簡単に殺せる気はするが、その見つけるまでが中々難しいからだ。
「どこか行きたい場所とかはねぇのか? 貴崎を釣るんなら外にいた方がいいだろ」
「行きたい場所と言われてもな……。そもそも家から出たことが殆どないんだ。だから外にどういうものがあるのかとか、さっぱり分からない」
 日姫は昔からずっと家に軟禁されていたということを昨日話していた。そんな奴に行きたい場所を尋ねるというのはお門違いだったみたいだ。
 鏡也も人間らしい遊びをしたことは子供のときくらいしかなく、機関に捕まる前は殺人術を学ぶ程度のことしかしていない。
 そんな二人だから外への用事など何も浮かぶわけがなかった。
「あ、それならゲーセン行きましょう! 私前から行きたかったんですよ!」
 二人の様子を見かねて、食器を洗っていた理恵が提案した。
「別にお前にゃ訊いてねぇよ。行きたかったら一人で行け」
「なんですかその冷たい反応は! どうせ二人とも行きたいとこないじゃないですか!」
「……だがこのガキの要求は受け入れてもお前の要求は受け入れる気にならねぇしな」
 灰村から厳命されているのは日姫のことだけであり、理恵に従う必要などはない。
 そもそもこいつはただ自分が遊びたいだけな気がする。
「日姫ちゃんはどうですか? ゲーセンとか行ったことないでしょう?」
「私は……」
 日姫はポケットから巾着袋を取り出すと、それを力なく握る。
 ジャリ、とした音を鳴らしたので理恵が「宝石ですか?」と興奮していたが、日姫はふるふると首を横に振った。
「私は、やっぱり行きたい場所がある」
「え……それはゲーセンよりも優先順位の高いものなんですか?」
「あ、あぁ」
 この女はどれだけゲームセンターが好きなんだと思ったが、話が逸れるので聞き流した。
「どこに行きたいんだ?」
 鏡也が訊くと巾着袋を両手で包み込むように握り、俯きがちに口を開く。
「祖母のところだ」



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