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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第三章 二人は仮初めの幸を得る(2)

 日姫の祖父は日姫が生まれる前に亡くなっているので、祖母は第五十九区ではない地区にたった一人で住んでいるらしい。他の区に行くのに徒歩などの手段では時間がかかりすぎるため、鏡也たち三人は機関が運営している列車を用いることにした。
 機関が莫大な資金を使って第一区から第九十二区まで線路を張り巡らしているため、ここ第五十九区でも列車は運営している。機関の手を借りるようで癪だが、便利なものは素直に利用しておくのが賢い生き方と言えるものだ。
「変装とかしなくていいんですか?」
 身なりを整えた理恵が、玄関で靴を履きながら日姫の方を向く。
「変装したらエサにならないしな。貴崎に見つかっても鏡也が護ってくれる」
「へぇ、まるでヒーローみたいですねぇ鏡也さん」
 ニヤニヤした表情で言う理恵に、鏡也は冷めた態度で返した。
「お前も来るのか」
「行きますよ! 私はあなたの監視役なんですから!」
「一人でゲーセン行っててもむしろ俺は喜ぶぞ」
「ひっど! いいですよゲーセンは次の機会で!」
 理恵は憤慨して外に出て行った。鏡也もため息を吐いて日姫と共に家を出る。
 灰村が用意した家は元々鏡也の隠れ家として利用しているものなので、周囲は住宅も少なく閑散としていた。
 だが日姫はそんな風景を、まるで透き通った海を見るかのような目で見つめていた。
 日姫は物心ついた頃から軟禁されている。外に出るというのが数えるほどもなかったのだろう。
「俺から離れるなよ」
 呼びかけると恥ずかしそうに頷いて傍に寄ってくる。
 家から乗り場までは歩きで三十分ほど。貴崎が堂々と街中にいるとは思えないが、向こうも悠長にしている余裕はないはずだ。たとえ三十分といえど常に気は配っておかなければならない。
 ガキのお守りも大変だ、と思う。
 第五十九区は都会とも言える場所なので、少し進めばすぐに人ごみが多くなっていく。大勢の人間がいるというのが嫌いな鏡也にとっては非常に嘆かわしいものである。
 そんな鏡也の心中を知ってか知らずか、日姫はこの人の多さに感動しているようだった。
 感受性が高いのはいいことかもしれないが、端から見てる分には割とうざったい。
「……離れんなよ」
 念押すと流石の日姫も甘く見るなと言いたげな顔で見返してくる。
 しかしこれだけの人ごみの中だと、貴崎が隠れて行動していても全く気がつかない可能性がある。少し気にしすぎかもしれないが、鏡也の受けている依頼の内容を考えるとこれくらいが丁度良いのだ。
「人多いですねぇ。人ごみはあまり得意じゃないんですけど」
 交差点にさしかかり信号待ちになると、辺りは人垣だらけ。日姫が一人きょろきょろと周囲を見回すが、理恵は随分と疲れた顔をしていた。
「お前もか。俺も人が多いのは不愉快だな」
「私は結構田舎の方出身だったもんで。初めてこっち来たときはびっくりしましたよ」
 鏡也も田舎の生まれなので気持ちはよく分かる。一部分にかたまって暮らしてないでもっとばらけろと言いたくなってくるものだ。
 今まさにこの人ごみを初体験している日姫に至っては、信号待ちしている鏡也たちを見上げて首を傾げるとこんなことを言い出した。
「どうしてみんな止まってるんだ?」
「……お前はもう黙ってろ」
 いくら軟禁されていたとはいえ、これじゃ世間知らずにも程があるだろう。お守りするのに余計気が重くなってくる。
 日姫は「教えてくれたっていいだろう」と愚痴を漏らしていたが、信号が青に変わったので無視して先に進む。
 乗り場付近では人も少なくなってきていた。普段から他の区に移動する人などそうはいなく、鏡也たちのような暇人が遊びに行くときくらいしか利用されないものなのだろう。
 そんな中、鏡也たちの前方に三十代くらいの男が歩いていた。機関が最近製造した嗜好品である煙草というものを手に持ちながら。
 煙草は先端が何百度という温度に達するらしく、嗜好品ではあるのだが同時に危険なものでもある。鏡也も前に人を殺すとき煙草を利用したことがあるくらいだ。
 ちらりと横に並ぶ日姫を見る。
 鏡也は一度舌打ちを鳴らすと、その男のわき腹を蹴った。
 勢いよく横に蹴り飛ばされた男は煙草を落とし、何が起きたか分からない表情で鏡也の顔を見る。
 周囲が多少ざわついているものの、誰もが関わりたくないとばかりに見て見ぬフリをしていた。
 鏡也は落ちた煙草を拾うと、倒れた男に顔を近づけて言う。
「知ってるか? 煙草っつーのは大人が歩いて持っていると丁度ガキの顔の位置にくるんだとよ」
 いきなり何を言っているんだとでも言いたそうだったが、男の口は恐怖に縛られている。
 鏡也はにやりと口元を歪ませた。
「知ってるよなぁ。自分が愉しけりゃ他人が火傷しようが失明しようがどうでもいいって腹か? じゃあ俺が今この煙草をお前の目玉に押しつけても文句は言えねぇよな」
「……ひっ」
 実際に煙草を顔面に押しつけようとすると、男は声にならない悲鳴をあげた。
 躊躇も遠慮もなくそれを男の目にやろうとすると、小さな手に自分の腕を掴まれる。
「もういい」
 鏡也の手が顔から離れると、男は足下がおぼつかない様子ですぐさま走り出していった。
 鏡也は自分の腕を掴んでいる日姫の手を払って舌打ちする。
「周りを見てみろ」
 日姫に言われ、周囲を見回す。
 人はそれほど多くないが、近くにいた人たちは皆鏡也たちを避けるように歩いている。
「子供はいない」
 日姫の言葉にハッとした。
「私以外はな」
 日姫の目がじっと鏡也の目を見据える。その先にある何かを見透かすように。
「……自惚れんなよ」
 ただ一人、理恵だけが何も言わず二人の様子を眺めていた。



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