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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第三章 二人は仮初めの幸を得る(4)

 田舎というのは本当に人口が少ないからこそ田舎なのだ。
 第二十二区はそんな言葉を浮かべるのにまさしく相応しいところだった。
 着くといるのは機関の人間が一人だけ。ざっと見渡しても広大な畑ばかりで他に人の姿は見当たらない。麦穂の海が風に吹かれてざわざわと揺らめいているだけだ。
 機関の活発な活動でどんどん都会が発展していく世の中だが、田舎は何年経っても自然が色褪せることはないのだろう。
 理恵が「私も機関の一員だし仕事で来てるんでお金返してもらえません?」とか機関の人間に言っていたがまるで聞き入ってくれずとぼとぼとこっちに戻ってきていた。
「祖母の家の場所は分かるのか?」
 これだけ広大なところから目的の家を探すのは骨が折れることだ。日姫が場所を憶えていてくれると助かるのだが。
「すまない。さっきも言ったがかなり昔の話でな……」
「まぁそんなところだろうとは思ったけどよ。しっかし面倒くせぇな地道な聞き込みかよこりゃ」
 鏡也たちが唸っていると、理恵がいきなりにやけ面になってポケットから紙を取り出す。
「何だそのにやけ顔、きもいな」
「ひどっ! 今気にするべきはそこじゃないでしょう!」
「……その紙は?」
 尋ねると、理恵はよく訊いてくれましたと言わんばかりの顔になった。
「どうせ二人とも場所も分からないくせに行っちゃうんだろうと思って、予め灰村さんに連絡取っておいたんですよ。これ灰村さんから送られてきた、日姫ちゃんのおばあちゃんが住んでる家までの地図です」
 珍しく役に立つものを持っていた理恵から紙を奪って、ここから家までのルートを見る。一通り目を通すとそれを理恵に返した。
「あれ、もういいんですか?」
「言ったろ。写真記憶だから一度見りゃ憶える」
「あぁ、そう言えばそうでしたね」
 理恵が地図をポケットにしまうと、鏡也を先頭に家まで歩いていくことになった。
 地図を見る限り徒歩で三十分ほどだ。思ったよりは近くて助かったというところだ。
 日姫は畑しかない風景でも感動できる幸せ者らしく、どこを見ても同じ景色だというのに嬉しそうに頭をきょろきょろと動かしていた。
 しばらく歩いていると田舎には似つかわしくない少し大きな家が見えてきて、鏡也の目に焼き付いている地図によればあれが日姫の祖母の家だと思われる。
「……あれだ」
 裏付けるように日姫も言う。
 第二十二区では若干浮いてしまいそうな家だ。日姫の実家があれだけの豪邸だったのだからこの程度は当然だとも思うが、周りがボロボロと言ってもいいような家ばかりなのに一つだけ太陽光が反射して輝きを帯びていた。
 二階建てだろうその家は、老人一人が住むにしては嫌にでかい家だ。
「裕福な奴はどこまでいっても裕福だな」
 嫌味のように鏡也は言うが、日姫はどこか俯きがちになっている。
 その態度に少々疑問を覚えたが、そんなことを考えている間に鏡也たちは既に家の前へと辿り着いていた。
「ごめんくださーい」
 理恵がチャイムを鳴らして玄関で呼びかける。僅かな間があった後、玄関の扉が開いた。
 出てきたのは髪も白く、背丈も理恵ほどしかない老女だ。だが意外と目つきははっきりしているし顔のしわも少ない。まだ衰えてはいないという感じの風貌だ。
「お待ちしておりました」
 鏡也たちは促されるまま中に入ると、居間の方へと案内された。
「工藤楓と言います。私の孫がお世話になっております」
「お待ちしてたって、俺たちが来るのを知ってたのか?」
 楓はゆっくりとした動作で頭をこくりと動かす。
「灰村舞さんという方から連絡がありました。あなた方三人が今日ここに来ると」
「と言うことは……」
 灰村からの連絡。それはただ鏡也たちが来ることだけを意図してのことじゃないだろう。
 灰村から連絡があったのであれば彼女はもっと深い部分まで知っているはず。
 楓は鏡也の表情を見て察したのか、言葉を継げた。
「えぇ、知っております。現在の日姫の立場とあなた方との関係。そして私の息子と娘が殺されているということも」
 空間に、沈黙の帳が下りた。
 鏡也と理恵からすればどう返答していいのか悩むところだ。
 楓は日姫の方に視線を移すと、膝を曲げ日姫と同じ目線に立って囁く。
「辛かったでしょう。何もできなかった私を許してください」
「……」
 日姫は何も口にせず、ただ下を向いていた。
 日姫らしからぬ反応だ。
 楓は悲しげな表情になったかと思うと、すぐに戻って鏡也たちに振り返る。
「部屋は二階をお使い下さい。元々私には一階だけで事足りていてあまり使いませんから――」
 と、その瞬間、急に日姫が階段の方へと向かい素早く二階へと駆け上がっていってしまった。
「おい!」
 鏡也が呼ぶが返答はない。
 楓の方を見ると、寂しそうな表情で階段側を見つめていたが鏡也の視線に気づいて苦笑いする。
「私のせいですよ」
 そう言って、楓は台所に向かう。
「ソファに腰掛けていてください。今お茶を入れますから」
 鏡也と理恵は目を合わせどうしようかと思ったものの、楓に従っておとなしくソファに座り込むことにした。
 ソファは今では希少であり高価な椅子だ。二人用のソファがテーブルを隔てて一つずつ並んである。こういう家具を見ただけでも裕福であることがありありと分かる。
 楓がお茶を三つテーブルに置いて、鏡也たちの対面のソファに座った。
「それで、あのガキはどうしたんだ?」
 楓はお茶を一口すすると静かにテーブルの上に置き、伏し目がちになって説明を始めた。
「私が日姫と会っているのは数回ほどもないんです。最後に会ったのは日姫がまだ四歳だった頃。それからは顔を合わせることも電話をしたこともないんです」
 日姫は幼いときからずっと家に軟禁されている。そうなればここで暮らす祖母とは確かに会えないだろう。日姫本人も四歳くらいのときに来ただけだと言っていた。
「何だよ。じゃあ気まずいってだけか?」
「いえ、それもあるとは思いますがもっと根本的なことです」
 鏡也はお茶をすする。反応は気にせず続けろという意味だ。
「日姫は私を嫌っているんだと思います」
 テレビもラジオも流れていないこの家は誰も喋らなければ静寂となってしまう。それが鏡也たちの耳には痛かった。
「日姫がこっちに来られなくても私が会いに行くことはできたんです。なのに私は行かなかった。あの子に恨まれて当然なんです」
「……会いたくなかったのか?」
「いえ、会いたかったですよ。でも会えなかった。機関が日姫を危険なことから避けるために軟禁させたんですから。それは私たち家族でも会うことが許されないものでした。だから……会おうとしても、息子たちにはね除けられるだけでした」
 それは一体どんな気持ちだったのか。愛する孫に会おうとして自分の子供にそれを邪魔されるというのは。その上それが日姫のためだというのだ。その感情の矛先をどこに向ければいいのか。
「それじゃあ、楓さんが嫌われる謂れはないじゃないですか」
 理恵が耐えきれなさそうな弱々しい声音で言う。
「いいえ、どんな理由であってもあの子には関係ありませんよ。それに、思うんです。私は本当にあの子と会うことができなかったのかって。もっと本気で会おうと頑張れば、息子たちも認めてくれたんじゃないかって」
 後悔というのはどれだけ立てても何の役にも立たない。
「皮肉なものです」
 それが分かっていてもなお、楓は悔いてしまうのだろう。
「ようやく会えるようになったと思ったら、その理由が機関に殺されるべき存在になったからというのですから……」
 鏡也は舌打ちする。
 自分でも何に対して苛ついているのかは分からない。それがまたこの感情を助長させていくこととなった。
「一つ訊きたい」
 楓が顔を上げる。
 その、鏡也たちへの警戒心や敵対心が欠片も感じられない目を見つめて。
「どうして俺たちを責めない?」
 鏡也の質問の意味が分からないのか言葉を返さない楓。
「お前があいつと会えないのも今殺されようとしているのも、全ては機関の仕業だぞ。この女はそこの一員であり、俺はこいつらに雇われてあのガキを殺そうとしている張本人だ。どうして何とも思わない」
 隣で理恵が顔を俯かせる。これは理恵も最初から思っていたことだったに違いない。
 楓は灰村から鏡也たちのことを教えてもらっている。ならば本来、楓は鏡也たちに刃物を向けてきたっておかしくはない存在なのだ。
 だがこの老女からそんな思いは微塵も感じられない。快く鏡也たちを受け入れて大切な孫の話をしている。
 そこに疑問を抱かなくて何を疑う。
「魂胆は何だ」
 言うが、しかし楓の反応は穏やかだった。
「私にあなた方を恨む権利などありませんよ。あの子が死にたがっているということも聞きました。確かにこういう事態になればあの子ならそうするでしょう。私がそれを邪魔だてすることなどできません」
 日姫の命よりも日姫の想いを尊重する。それは日姫に会いたい気持ちよりも日姫の命を優先してしまったことへの罪滅ぼしでもあるのかもしれない。
 どちらが正しいのかは鏡也にも理恵にも楓にも分からない。だが楓はその道を選んだのだ。
 だから鏡也には感謝こそすれ恨むことなどあり得ないというわけか。
「それに、今日あなた方と会えて安心したというのもあります」
「安心?」
 楓が鏡也の目を見据えて僅かに微笑む。
「佐倉鏡也さん。あなたが人を殺すような悪人には見えないからですよ」
「……は?」
 思わず素っ頓狂な声をあげた。楓は鏡也がどういう男なのかというのも聞いているはずだ。かつて二十二人の人間を殺した殺人狂だということも。
 楓の言葉が理解できなかった。
「どうしてそう思うんだ」
「目を見れば分かります。あなたの目は汚れのない透き通った目をしている」
 嘘を吐いてる様子はない。
 なら本当に鏡也をそんな風に見ているとでも言うのか。これほどの悪人を目の前にして。
「……もういい」
 いたたまれなくなって鏡也は席を立った。楓と理恵にそれを止める様子はなく、鏡也は一人二階へと向かう。
 二階には部屋が四つあったが、内一つだけドアが半開きになっていた。そのドアを軽く押して部屋を見回すと、隅っこで膝を抱えている日姫の姿が見えた。
 鏡也が入ってきたことに気がついても、日姫は顔も上げずにじっとしているまま。
「辛いんなら、どうして来たんだ?」
 日姫の小さな手がピクッと震える。
「別に、辛くはない」
「嫌いなのか」
「別に、嫌いではない」
 たとえ鏡也じゃなくてもここはため息を吐いているところだろう。わがままというか何を考えているのかよくわからない子供らしい奴だ。
 一応日姫がここに来たいと言ったから連れてきたというのにこれではその甲斐がない。
「心配してくれているのか?」
 初めて日姫が顔を上げて、鏡也と目が合う。楓の言葉を借りるなら、まさしく日姫の目は汚れのない透き通った目だった。
「抜かせ。ただの好奇心だ」
「そうか」
 再び顔を下げる。その胸中で何を思っているのかは分からない。
「優しいな、鏡也は」
 その口からそんな言葉が出てきた。先ほどのやり取りを思い出してしまい、鏡也はまた胸がざわつく感覚を覚えてしまう。
「殺人鬼の俺に優しいとか、頭湧いてんのかてめぇは」
 所詮日姫はただのガキ。鏡也の恐ろしさもその本性もまるで理解できていないのだろう。
 そんな奴と一緒にいても疲れるだけなので、鏡也は名残惜しむこともなく他の部屋に移ろうとした。
「優しいよ」
 部屋を出ようとしたとき日姫の声が飛んできた。鏡也が振り返ると日姫は真っ直ぐにこちらの目を見て言ってくる。
「目で分かる」
 何も言い返せなくなった自分に、無性に腹が立った。



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