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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第四章 魔女が笑い、奇術師が嘲笑う(1)

「帰ろう」
 日姫がそう言ったのは、楓の家に来て一週間ほど経過し、お客様気分もすっかり抜けきっていた朝だった。
「帰るって、五十九区の家にか?」
「ああ」
 鏡也が念のために聞き返すと、日姫は動じることもなく頷いてくる。
「一週間もいたからな。貴崎をおびき出すというのなら本当は私がここにいてもあまり効果がない。これだけわがままを通してもらったんだからもう充分だ」
 確かに貴崎を釣るのなら日姫には第五十九区にいてもらった方がありがたい。事件の中心地であるのはあそこだし、都会であるが故に貴崎も隠れて行動しやすいからだ。人の気配が少なく真っ先に鏡也たちに見つかってしまうであろう第二十二区では、貴崎の方も日姫に近づきたいとは思わないだろう。
 そこのところは鏡也も考えていたのだが、まさか第五十九区に帰るというのを日姫の口から提案されるとは思わなかった。
「意外だな。お前はもっとここにいたいんだろうと思っていたが」
 わだかまりもなくなった日姫と楓は、本来の仲に戻っていたと言っていいだろう。楓と別れたくないと駄々をこねる日姫を予想していたのだが、それは杞憂に過ぎなかったらしい。
「気持ちとしては、確かにな。でも私はお前に殺される決意をしてるんだ。今更束の間の幸福にいつまでもすがろうとは思っていない」
 日姫の覚悟は鏡也の想像以上だったということか。
 鏡也としては止める理由もないし、日姫が帰るというのなら今すぐにでも帰ったって支障はない。それに一週間も平和な団欒を味わっていると、居心地の悪さは折紙付きだった。
 問題があるとすれば。
「あいつが何て言い出すかだな……」
 言葉の意味が分からないらしい日姫が首を傾げていたが、説明するより実際に見せた方が早いだろう。
 日姫によれば楓には既に話が通っているらしいので、鏡也たちは理恵に第五十九区に帰るということを話すことになった。
 その反応は鏡也の予想通りだったと言える。
「いいじゃないですかもっと居ても! せっかく楓さんと仲直りできたっていうのに!」
 分かりやすい奴、と鏡也は心中で吐き捨てた。
「もう充分だってこのガキが言ってんだからいいだろうが。それに何か問題があるっていうのかよ」
「……日姫ちゃんだって、本当はもっと居たいんでしょう?」
 理恵が日姫に振るが、日姫はゆっくりと首を横に振った。
 心情としては居たいのであろうが、ここでそう言えば理恵は強引にでも帰らせまいとする。日姫もそれくらいは分かるらしく、驚く理恵に対してこう言った。
「気持ちはありがたいが私にとって一番大事なのは鏡也に殺されることなんだ。そのためには第五十九区に帰った方が効率が良いのは確かだ」
「そ、それは、そうですけど」
 本人にこう言われてしまえば流石の理恵もこれ以上は何も言えないだろう。鏡也は面倒くさそうに頭を掻くと、まだ納得のいっていなさそうな理恵に釘を刺す。
「趣旨を忘れんなよ」
「っ!」
「お前がこいつにどういう想いを抱いているのかは知ったことじゃねぇが、俺たちはあくまでもこいつを殺すために動いてんだ。それを忘れるな」
 理恵には機関としての自覚が足りなさすぎる。誰が日姫を死なせる原因を作り、誰が日姫を殺そうとしているのかもう一度よく考えるべきだ。
 灰村も厄介な奴を寄越してきたものだと思う。
「それくらい……分かってますよ」
「分かってねぇから言ってんだ」
 呆然と立ち尽くす理恵を放って、日姫に支度するよう言っておく。
 現実を直視できない女にこれ以上構ってやるほど、鏡也はお人好しな人間ではない。
 鏡也たちが帰る準備を済ませて、理恵も渋々といった表情で玄関に来ると、楓が見送りするように鏡也たちの下へやってきた。
「世話になったな」
「いいえ、これくらいは当然です。日姫のことをよろしくお願いします」
 鏡也と日姫の関係を知っているくせにどういう意味での発言なのか分からないが、とりあえず適当に頷いておいた。
 楓は日姫の方に視線を移して頬を弛緩させる。
「また、遊びに来てください」
「……うん」
 家族らしくお互い抱き寄せ合ってから別れる。普通に見ればどうってことのない光景なのだろうが、それはこの二人にも当てはまると言えるものではなかった。
 また遊びに来ることがあるのだろうか。
 そんな言葉が脳裏に浮かんだが、それは鏡也の口の中で噛み砕いておいた。
「さっさと行くぞ。列車の時間も融通が利かねぇんだ」
 別れを惜しむようにしてる日姫たちを一瞥して鏡也は外に出てしまう。二人も後から慌てて鏡也の後ろについてきていた。
「あのー、鏡也さん。ちょっと寄り道していきませんか?」
「あ?」
 早く乗り場に行ってとっとと帰ろうと思っていたのだが、理恵の提案に足を止める。
「ゲーセンとか言うんじゃねぇだろうな」
「違いますよ。そもそもこんな田舎にゲームセンターなんてないでしょうし。第二十二区の名物ですよ」
「名物だぁ?」
 割と第二十二区に詳しい鏡也だが、こんな田舎に名物があるだなんて話は聞いたことがない。強いて言うなら辺り一面に広がる畑くらいのものだろう。
 もちろん世情に疎い日姫が知っているはずもなく、理恵は二人の無知さにため息をついてからこう言った。
「魔女ですよ。占い魔女の洞穴」



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