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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第四章 魔女が笑い、奇術師が嘲笑う(2)

 第二十二区にはいくつもの山々がそびえ立つ。そのどこかの山奥に占い魔女と呼ばれる人物がいるという噂が流れている。
 鏡也も話には聞いたことがあるが、実際にその魔女とやらが実在しているのかは定かではない。第二十二区に暮らすものなら一度はその名を聞いたことがあるだろうが、かといって見たことがある、という者は殆どいないだろう。十年以上も前から流れてある噂だが、今では迷信とも言われているくらいだ。
 大体山奥と言われても正確な場所を知らないのだ。そんな状態で占い魔女を捜すというのは、砂漠の中であるかも分からない米粒を探すようなものだ。
 もし噂が真実であったとしても、そんな場所で孤独に暮らすような人物は人格を疑われても仕方がないだろう。『純真な狂人』とも呼ばれているらしいが、一体どんなババァが住んでいるのか興味深い。
 理恵はそんな魔女の居場所を知っているらしく、貴崎の足がかりが掴めるかもしれないということで鏡也たちを魔女の下へと案内することになった。
「しかしほんとにいるのかよ。その占い魔女って奴は」
「えぇ。私一度占ってもらったことがあるんですよ。だから居場所を知ってるんですけど」
 何でもないように言う理恵に、鏡也は少し驚いて返答する。
「本当にいやがるとはな。で、その魔女の占いとやらに信憑性はあんのか?」
 別に占い魔女に限らず、占い師というのは他にも耳に聞くことがある。だがどれも鏡也には適当に言っているようにしか思えず、とりあえずそれらしきことが起これば無理矢理こじつけているようにしか思えない。
 一応理恵曰く名物らしい占い魔女は、これほど有名になるくらいなのだからその占いも確かなものなのかもしれないが、どちらかと言えば有名なのは占いの方でなくその存在の真偽が話題に上るからだろう。
「う〜ん、私もまだよく分からないですね。占いに関することに出くわしてないので」
「そりゃあ随分と嘘くせぇ野郎だな」
 まぁ占いなどそんなものかと思うが、ここまできたからには藁にもすがっておこうと思い、鏡也たちは魔女の住む洞穴へと入り込んだ。
 何てことのない、少し細長い洞穴だが、とても人が住むような場所と思えるところではない。理恵が言うにはこの洞穴の奥が魔女の住み処らしい。
 進むにつれ段々と暗くなっていき、じめじめとした感覚が肌に突き刺さる。占い師として実力があろうがなかろうが、こんなとこに暮らすのは確かに狂人以外にはあり得ないと思った。
 奥まで進むと弱々しい光を放つ二つの灯りがあり、その間に一人の人物が立ち尽くしているのが見えた。
 白いローブを羽織った小柄なシルエットは、ローブが丈に合っていないのか、フードは目元が隠れるまでずっぽりと被ってあり、両袖も指先が僅かに見えるギリギリまで長い。それはまるで子供が背伸びして大人用の服を買ってしまったかのようだった。
「こんにちは。初めまして、だよね? 可愛い三人組のお客さん」
 その女性は鏡也たちを見て口元を綻ばせると、心地よい高音域の声音でそう言ってくる。
 声変わりもしていなさそうな透き通った声は、見た目から連想される子供の印象そのままだった。
「お前が魔女か?」
「私は自分で魔女と名乗ったつもりはないからあなたの言う魔女と一致しているかは分からないけど。みんなからは『占い魔女』とか『純真な狂人』って言われているよ」
 どうやら本当にこの子供っぽいのが占い魔女らしいが、鏡也の記憶が正しければ魔女の噂は十年以上前からある。この外見で実は三十路を越えてますとでも言われたら驚きだが、そうでもないと辻褄が合わない気がしてならない。
「占いをしてもらいに来てくれたんだよね。ある程度私のことは知っているだろうけど、改めて自己紹介させてもらうね」
 未発達な声は、鏡也の両耳に優しく入ってくる。ノイズが全く存在しない綺麗な音。
「私の名前は弥生。通称は占い魔女らしいけど呼び名は何でもいいよ。できればあなたたちの名前も教えてほしいなあ」
 子供が親に甘えるような声は鏡也ですら不思議と癒されるような気がしてしまった。逆にそのことで苛立ちを覚える鏡也だったが、日姫は弥生のお願いに素直に従っていた。
「わ、私の名前は工藤日姫だ。今日は私を占ってもらいに来たんだ」
「ふぅん。いいよ、あなたからは良い匂いがする」
 弥生の雰囲気に圧倒されているのか日姫は少し怖じ気づいていたが、日姫の背後に立つ理恵を見るなり弥生が途端に声を上げた。
「あっ、この匂い。一度ここに来たことある子だよね?」
「……どうも」
 理恵は何か気まずそうに視線を逸らしていたが、対する弥生の方は嬉しそうに言葉を継げる。
「ここに二回も訪れる子なんて珍しいんだよ、嬉しいなあ。今日は付き添い?」
「えぇ。この子を占って人捜ししてほしいんです」
 本当に占いなんかで貴崎の居場所が分かるのかと疑う鏡也だが、弥生の方に動じる様子はない。
 よほど自信があるのか演技が上手いのか、占いをやめるつもりはないようだ。
「一つ訊くが、占いとやらの対価は何なんだ?」
 無料で受け持ってくれると思うほど鏡也も馬鹿ではない。
 こんなとこで占いだけをやっているというのならこれで生計を立てているのだろう。それならば大金を徴収する可能性もある。
 金だけならば灰村を通じていくらでも渡せるだろうが、問題はそれだけじゃない場合だ。
 占いをしてもらった後にそれを聞いては後の祭りなので、今の内にしっかりと聞いておかなくてはいけない。
「簡単だよ。占いをする子の今までの人生を教えてもらうの。それだけで充分」
「……何だ、つまり過去を語れってことか?」
「そう。私にはお金なんてものはいらない。それは他人の人生を聞いたときのような、恍惚で幸福な感情は得られないもの。私は他人の幸不幸が大好きだから、それを聞かせてくれれば占ってあげるよ。それに私の占いは相手の過去を知って未来を推測するものだから、どのみち占うのなら教えてもらわないといけないんだけど」
 相手の過去を聞いて未来が分かるなどふざけた話だ。それに金が必要ないのならばこの魔女はどうやって金を得ているのだろうか。昼間にこんな洞穴に籠っていることを考えても働いているとは思えないし、そもそも最寄りのスーパーまで一時間以上はかかるだろう。この年齢不詳な魔女を見ていると霞でも食べて暮らしているのだろうかとさえ思ってしまう。
 とにかくそんな程度で占ってもらえるのなら結構な話だ。その分信憑性も薄いが元々占いの効果に期待などしていない。駄目もとでやってみろと日姫に視線を投げると、こくりと頷いて過去を話し出した。
 当然ではあるが日姫にとって自分の過去は他人に話したいと思えるものではない。幼少の頃から軟禁生活であったのだし、今では両親を殺され貴崎対機関の抗争に巻き込まれているくらいだ。
 聞いてるこっちが耳を塞ぎ込みたくなるような痛ましい話ばかりだが、その語りを止めようとする者はここにはいない。理恵は悲痛な面持ちだが何も言わないし、鏡也も腕を組んで黙っているだけだ。
 日姫が全てを語った後に残ったのは魔女の含み笑いだけだった。
「ああ、切なくて儚い綺麗な物語。こんなにおいしい話を持っている子なんてそうそういないんだよ? 思わずあなたを抱きしめたくなっちゃうな」
 日姫の過去を聞いて同情するどころか快感を得ている。魔女というのは酔狂で名付けられているものではないのかもしれない。
「……それで、貴崎の居場所を占ってほしいんだが」
 怖ず怖ずと言う日姫に、弥生は軽く微笑んで頷く。
「あなたの未来はとっても暗い。何もしなくても運命を左右する死神がもうすぐ現れる。今は気にせず素直に行動していればすぐに彼と出会えると思うよ」
 言い換えれば『とりあえずその内会えます』ということ。
 所詮それが占いというものだと思った鏡也だったが、弥生がふと視線を投げてくる。
「あー、君。私のこと信用してないね? 嘘っぱちを言っていると思ってるでしょう」
「……それが分かるんならもう少しマシなことを言え」
「別にいいよ。私のこと信用してもしなくても。私の占いに文句があるなら従わなければいいし、おとなしく従ってもいい。でもね、運命は不動なんだよ。あなたたちが信じる信じないは関係なく、これは絶対に起こる未来なの」
 それは確かに貴崎とはその内会うことになるだろうから、そんなことはいくらでも言えるだろう。だがその程度なら鏡也にだって占いができることになってしまう。
 しかし弥生は鏡也に疑いを持たれても取り乱すことはなく、逆に何も分かっていない鏡也を滑稽に思っているかのようにクスクス笑っている。
「一つ気をつけてほしいのはね。たとえあなたたちが運命に流されても逆らっても、行き着くところは同じなの。過程が違っても結末が変わることはないんだよ。それだけは忘れないで」
 最後まで半信半疑な鏡也たちだったが、ともかく占いは終わったので洞穴から出ることになった。これ以上この殺伐とした空間にいたくないという思いもある。
 だが二人が先立って洞穴から出て行き、鏡也一人が途中で足を止めたのは弥生に呼び止められたからだ。
「ねぇねぇ。あなた、第二十二区に来たのは初めて?」
「あぁ?」
 鏡也に寄り添うように近づいてきた弥生が言う。
「あなた、盗賊団の話聞いたことある?」
「っ!」
 不意に出てきた単語に思わず言葉を失った。
 列車での理恵に加えて、何故この女までこんなことを訊いてくる。
「一つ村が襲われたっていう話なんだけど。男の子はその場で皆殺しで、女の子は弄ばれた後殺されるなり売られるなりしたらしいよ。怖い話だと思わないかな」
「……別に。それにその盗賊団は既に解散しているぜ。元々空中分解しかけていたところでリーダーがいなくなったんだ。もう自然消滅したらしいな」
 早く話を切り上げて洞穴から出ようと画策する鏡也だが、魔女はそれほど甘い相手ではない。
「詳しいんだね。盗賊団のこと」
「何が言いたい」
 弥生はクスッと笑うと、片腕を伸ばして鏡也を指さしてくる。
「あなたからは『狂気』の匂いがする」
「匂い?」
「鼻をくすぐって私の心を揺さぶるような良い匂い。あなたの人生もとってもおいしそうだね。あなたも占ってみる気にはならないかな。あなたならさっきの子よりもおいしく食べられそうだから」
 本当に他者の人生を収拾することが生き甲斐なのか、弥生に他意は見られない。
「興味ねぇよ」
「そう、残念だなぁ。もし気が変わったらいつでも来てね? 私はあなたのことを待ってるから」
「好きにしろ」
 再び出口に向けて歩き出す鏡也だったが、後方から弥生がこんなことを言ってきた。
「あの死にたがりの子、もうすぐ死んじゃうよ」
 その場で足が止まってしまったのは仕方のないことだろう。
「彼女からは死の運命を感じるもの。そう遠くない未来だよ。ううん、果てしなく近いかも。彼女が死ぬとき、果たして殺すのは誰なのだろうね? 楽しみだなあ」
 子供が夕飯を楽しみにするかのように、無邪気に笑い出す。綺麗な笑い声なのにそこに不気味さを感じるのは魔女と呼ばれるのに相応しいものなのかもしれない。
「お前の当てずっぽうなんかに興味はねぇ」
「違うよ。これは彼女が発する『悲劇』の匂いが教えてくれるんだもの。……まぁ、その内分かると思うよ、あなたにも」
 弥生はひらひらと腕を振って、笑顔で鏡也に別れを告げる。遠くから理恵たちの呼び声が聞こえてきたので、鏡也はそれ以上何も言わずに魔女の住み処を後にした。



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