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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第四章 魔女が笑い、奇術師が嘲笑う(3)

 一週間ぶりに入った第五十九区の家は、楓の家に比べると随分と貧相なものだ。
 これでも内装は悪くない方だと思うし、鏡也たち三人が住むには充分な広さがある。それでもやはり楓の家に劣っていると感じられるのは、それほど向こうが豪華な佇まいだったからであろう。
 慣れとは恐いもので、向こうの暮らしに慣れるとこっちの家が窮屈に感じてしまう。が、それもおそらく数日でここの暮らしに慣れるのであろうことは予想できる。
「そう言えば食料が尽きかけてるんで買ってきますね。昼食は何か食べててください」
 理恵は家に着くとすぐに折り返し食料品を買いに行ってしまった。
 鏡也と日姫の二人が残され、鏡也は日姫の方を見る。

 ――あの死にたがりの子、もうすぐ死んじゃうよ。

「どうした?」
「……いや」
 はっきり言ってしまえば鏡也は弥生の言うことなど信用していない。それでも脳裏によぎるこの言葉は何故か鏡也の思考を支配していた。
 けれども、たとえ占いが真実であったとしても心配することはない。
 何故なら鏡也は早く貴崎を見つけて殺したいのであるし、側にいる少女の息の根も止める気でいるからだ。
 だったら日姫がもうすぐ死ぬというのは喜ぶべきことだろう。鏡也と機関の念願が叶うことになるわけなのだから。
 それなのにこの言葉が頭から離れない理由はなんなのか。何を気に掛けているのかが自分でも理解できていない。
「理恵が好きに食べてろと言っていたがどうするんだ? 肉と野菜くらいは冷蔵庫に入っていたが」
 いつの間にか冷蔵庫を漁っていた日姫に話しかけられ、鏡也は一拍遅れて返事をする。
「……野菜炒めくらいなら作れるだろ。米がねぇがそこは我慢だな」
「なら、私が料理してみてもいいか? おばあちゃんに教わってたから自信あるんだ」
「別にいいが、本当にできんのかよ」
 鏡也も料理は決して得意ではないし何より面倒なので、日姫が代わりに作ってくれるというのなら助かるというものだ。
 だが信号も知らないほどあまりに常識が欠けているこの箱入り娘が、料理をする場面など容易く想像できるものではない。
 日姫は見てろとばかりに調理を始めていき、肉と野菜を切って炒めていく。てきぱきとした行動に思わず感心していたが、直後に日姫が取り出したものを見てつい口を挟んでしまった。
「……お前、まさかそれを野菜炒めの中に入れるつもりじゃねぇだろうな」
 日姫が取り出した容器の蓋には、『砂糖』と書かれてある。
「その通りだが、何か問題はあるか?」
「一番問題があるのはお前の頭ん中だ。野菜炒めに砂糖かける奴がどこにいんだよ」
「何だ味が変になるとでも思ってるのか? 砂糖は甘くておいしいから野菜炒めにかけても何ともないと思うぞ」
「お前は『おいしい物においしい物を混ぜたらおいしい』とでも勘違いしている馬鹿か! そんなんで上手くできたら苦労はしねぇよ……って」
 鏡也の文句に唇を尖らせた日姫が、構わずに砂糖を振りかけまくっていく。
 野菜炒めは砂糖一色に染まっていた。
「このガキ……っ! 人の忠告も聞かずに」
「よし、ソースとマヨネーズもかけるか。ケチャップも玉子焼きにかけたときおいしかったからかけてみよう」
 問題発言を止める気力もなく、野菜炒めは黒、黄、赤と次々に変色していった。まるで絵の具を混ぜているかのような色の変わり具合だ。
「できた。私の料理歴初の作品だ」
 日姫が自信満々な表情でテーブルの上に置かれた料理を見ている。もはや色も形も表現できない恐ろしいものになっているわけだが。
「おいこりゃどこの生物兵器だ? まともな食材だけで毒物って作れるんだな」
「鏡也、お前は本当に失礼な奴だな。いいから食べてみればこのおいしさは分かるぞ」
「そう言うお前はこれをちゃんと味見したのか?」
「味見すると楽しみが半減するからな。人生初の料理を堪能したいからまだ口につけてない」
「一生もののトラウマを堪能できるだろうな」
 野菜炒めを前に食指が動かない鏡也だが、日姫は箸を手に持って「いただきます」と言うと、待ちきれないのか素早く口に運んでいった。
 口に含んだ瞬間、日姫が涙目になって洗面台に走っていったのは言うまでもない。



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