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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第四章 魔女が笑い、奇術師が嘲笑う(5)

 煙草といいゲームセンターといい、機関は娯楽の再興にも手を抜いていないらしい。
 国家時代の経済力を取り戻すと言って色々と昔の真似事をしているが、こんなものまで再現させる必要があったのかどうかは甚だ疑問だ。
 娯楽は現実逃避には持ってこいなので、戦争が終わって荒んだ人間の心を癒すためには必要なのかもしれないが、これで本当に心が癒されると思っているのなら機関の頭の中身はお花畑が咲いているだろう。
 複数のジャンルのゲーム機が立ち並び、そこかしこからゲーム音が鳴り響いている。老若男女問わず人が大勢いて、その喧騒はまるで監獄にいたときのことを思い出させる。
 こんなとこを好きで訪れる奴はどうかしている、と思う鏡也だが、隣に立つ二人からはとても同意を得られそうにはなかった。
「凄いですね日姫ちゃん。ほら、あのゲーム楽しそうですよ」
「あ、あぁ。やってみよう」
 近くにあったゲーム機に駆け寄る二人を見て、鏡也は舌打ちをする気にもならずただため息を吐くばかりだった。
 だがあれだけゲーセンゲーセン言っていた理恵が、自分は殆どやらずに日姫にだけやらせているところを見ると、自分が行きたいのではなく日姫にやらせたかっただけなのかもしれない。
 ここに来たら阿呆のようにはしゃぐのかと思っていたが、意外にも冷静というかおとなしめで拍子抜けした。
 まぁ暇潰しではなく本気でゲームセンターに入り浸る人間など子供を抜かせばろくな奴はいないだろうから、その点ではまだマシな人間であったということか。
 実際に子供である日姫は初めてのゲームセンターの熱気に完璧に浮かれていて、機関から金を貰えるのを良いことに遊び倒していた。
 周囲の幸福のために自分の命を切り捨てられる子供らしくない人間のくせに、こういうところでは本来の年齢に相応しいものになるから不思議だ。
 日姫に歯止めをかける気がないというより、単純に人ごみで活力を失っていた鏡也は黙って二人の後を追っていたが、途中で本来の目的を思い出したのは日姫が一人の男にぶつかったからだった。
「あ、すまな――」
 咄嗟に謝ろうとしたその言葉が断ち切られたのは、その男を見上げたときに威圧されてしまったからだろう。
 男は目元にどす黒いメイクを施し、左耳に髑髏のピアス、首には鎖で繋がれたロケットを掛けているなど、おおよそまともではない風貌をしている。
 年は十代半ばくらいであろうその少年は、自分にぶつかってきた日姫を見下ろすと不気味に口元を歪ませた。
「おやあ、幼女がこんなとこでなーにやってんすかぁ? こんな危ないところでうろちょろしてたら怖いお兄さんに攫われるかもしんないぜぇ?」
 突然投げ掛けられた言葉に日姫が萎縮しているのが見て取れた。鏡也が急いで日姫を護るようにその男の前に出ると、男は呆気に取られた表情で鏡也の顔を見る。
「何だ何だ既に誘拐中ってやつですか? そりゃあ空気読めなくてすみませんねぇ。ただ調教するなら逃げられないように首輪かけといた方がいいと思うぜぇ。こういう可愛いお子様は誰かに奪われる可能性もあるんだしさぁ、ハハッ」
 男は遠慮のない目つきでじろじろと日姫を見定め、にやにやと唇をつり上げている。
 人ごみの激しい場所ではこういう危険人物は割と珍しくない。どう見てもゲームを目的にここに来ているわけでなく、自分で言っていたようなことのために徘徊している輩だろう。
 こういう連中は一度絡まれれば最後、しつこくまとわりついてくることになる。鏡也一人でいるのならばどうとでも対処できるのだが、日姫と理恵を連れている状況でこの男と関わるのは得策ではない。
「うちのガキが邪魔して悪かったな。こいつのせいで何か問題でも起こったか?」
「んー? いや大丈夫っすよ。こっちこそもう少し幼女の動きに気をつけるべきでしたわ。すいませんねぇ」
 何か言いがかりでもつけてくるかと思ったが、鏡也の存在がネックなのか特に何もない。
 このままさっさとこの男から離れようと思ったのだが、背を向けたときに男の方が話しかけてきた。
「ねぇそこのお兄さんさ。ここで会ったのも何かの縁だし俺とゲームで対戦しね?」
「……」
 何か企んでいるのかそれとも本気で対戦したいだけなのか分からないが、どっちにしてもこれ以上関わり合いにはなりたくなかった。かといってここで拒絶すればそれはそれで面倒事になりそうでもある。
「一回だけだ」
「おー、話が分かるねぇ! んじゃあガンシューティングでもやりましょうかぁ!」
 年相応の少年らしい笑みになって、鏡也をゲーム機のある方へと案内する。その笑顔は純粋にゲームを楽しもうとしているだけのようにも見えた。
「理恵。俺が合図したらガキと一緒にどこか遠くに行ってろ。トイレ辺りが一番良い」
「……はい」
 男には聞こえないように言っておくと、理恵の方も深刻そうに頷いてくる。この男の危険性は肌で感じているのかもしれない。
 もちろん本当に対戦したいだけなのかもしれないが、そう楽観的に物事を考えられるほど鏡也たちの住む世界は甘くない。念には念を入れても全く無駄にはならないのだ。
 それに、この男が実は貴崎の仲間という可能性もある。
 貴崎が単独で動いているのか組織として動いているのか分からないが、どっちにしても日姫を奪うためにこの男を雇ったという考えもできるのだ。もし不穏な動きを見せれば即始末してしまえばいいかもしれないが、そのとき理恵たちがいれば何かと不便になるし、鏡也の仲間として一般人に認識されるのも避けた方がいいだろう。
「おっ、このゲームなんかいいんじゃないすか?」
 男が決めたのはどちらが多くのスコアを稼げるか勝負する、ホラーガンシューティングゲームだった。画面内に出てくるゾンビを相手より早く倒してスコアを得るゲームだ。
 どのゲームであっても鏡也には文句がないし勝敗に関しても気にしていないため、とりあえず男が決めたそのゲームで対戦することにした。
 鏡也たちが席に座り日姫たちが後ろで観戦する。男は慣れた手つきでゲームのコースやら何やらを選択していた。
「そう言えば名乗ってなかったけどさ。俺は椎名詠史って言うんだ。あんたの名前は?」
「佐倉鏡也だ」
「ふーん。今はそれでいいよ」
 椎名は意味深なことを言っていたが気にせずゲームを進めている。銃器の選択画面になったが、このゲームを初めてプレイする鏡也には何を選べばいいのか分からないので適当に選択するとゲームが開始された。
 このゲームはゾンビを撃ち抜いていくゲームだが、ゲーム開始と同時に大量に出てきたのは普通の人間だった。撃てば点が入るどころか逆にマイナスされていく撃ってはならない対象だ。
 だが椎名はその大勢の人間たちをサブマシンガンで躊躇なく一掃していた。もちろん椎名のスコアがプラスされていくことはない。
「人間を撃ったらマイナスになるんじゃなかったのか?」
「そうっすよ。でも総点がマイナスになることはないんで、最初はいくら人間を撃っても問題ねーんすよ。事実俺のスコアはゼロのままだろ?」
 椎名の言っている通りスコアに変動はないのだが、つまりそれは意味のない射殺ということになる。たかがゲームではあるしそんなことに波風立てるような人間でもないが、それでも椎名の人間性を明らかにする行動であるのは明白だろう。
 ゲームを真面目にプレイする気はあるらしく、ゾンビが出てきてからはちゃんと人間だけは撃たずにしていたが、やはり早く縁を切りたい人物であるのは間違いなかった。
 中盤に差し掛かってスコアも互角の勝負をしていると椎名が話しかけてきた。
「あんた中々上手いねぇ。僕ちゃんこの手のゲームで負けることって殆どないのにさ」
「まだ中盤だろ。お前の方が余裕があるように見えるけどな」
「いやいやそんなことないって。どうだい? よりゲームを面白くするために何か賭けでもしようぜ」
 嫌な提案だがあまり適当にあしらうのも揉め事の発端。
「内容によるな」
「そうだねぇ。俺実はこれでも情報屋って仕事やってんだけどさぁ。こっちの世界じゃそれなりに有名な方ではあるんだよ。鏡也さんが勝ったら一度だけ無料で依頼を受けてやるよ」
「……お前が勝ったら?」
 鏡也が訊くと、椎名は横目でも分かるくらい唇をつり上げた。
「さあて、どっちかを貰う、とかかなぁ」
 その発言の意味が分からないほど鏡也は純真な人間ではない。
 理恵に目配せするとすぐに頷き、「二人で遊んできます」と言って日姫と共に離れていった。
 賭けなんてしなければいい、というのは素人の言葉。
 こんなことを言い出してくるからにはたとえ賭けずとも危険であることに変わりはない。早めにあの二人は逃がしておいて、いつでも実力行使できるようにしておくのが最善手だ。
「あーあー、せーっかくの可愛いギャラリーがいなくなっちゃったじゃんか」
 椎名が大袈裟に嘆息する。
「まっ、いっか。あんまり女子供に過激なシーンを見せてイッちまわれても困るしなぁ。どのみち勝てたら片方は手に入るんだから。それでいいんだろ?」
「……ああ。いいだろう」
 どうせ賭けようが賭けまいが、鏡也が負けたときは何をするか分からないのだ。そのときには約束を破ってでも椎名を殺すかどうかすればいい。
 しかし賭けの勝ち負けより気になるのは、椎名が貴崎の仲間かどうかということ。
 もし貴崎の仲間であれば、たとえゲームに負けてもただで引き下がるわけがない。鏡也が賭けに勝ったときはその反応を確かめればいいし、負けたときは無理矢理聞き質せばいいだろう。
 だがゲームであってもおいそれと負けるつもりはない。
 終盤でもスコアは抜きつ抜かれつの接戦を繰り広げており、問題は最後に現れるボスをどちらが倒せるかという状況になっていた。
 僅かに鏡也がリードしているところでボスが現れ、二人でボスを撃ち続けることになった。ボスは二人で攻撃しているものの、実際に得点が入るのは止めを刺した方のみ。このゲームは引き金を引きっぱなしで連射されるゲームではないため、動き回るボスにタイミングを合わせて引き金を引かなければならない。
 負けても約束を守るつもりなど毛頭ないが、勝った方が話が進みやすくなるのは間違いのないことだ。それにゲームであっても負けるのは鏡也のプライドに障る。
 ボスの体力が削られて残り少しになったときだった。
「ねぇ、鏡也さん」
 椎名の言葉がするりと耳に入った。
「盗賊団の話知ってる?」
「――っ!」
 生まれたのは指先へのほんの僅かな躊躇。
 引き金を引いていた指が一瞬だけ止まってしまい、その隙に椎名の弾丸がボスの体力をゼロにしてしまった。
「ゲームエンド! ってやつっすね」
 ボスを倒したことで大きな得点が入った椎名のスコアは鏡也のスコアを大幅に上回り、ゲームはあっけなく終了となった。
「うーん、結構冷や汗もんだったよ。またいつかあんたとは対戦してみたいなぁ」
 ゲームに使われた銃型のコントローラーをゲーム機に戻し、椎名が椅子から立ち上がる。
 鏡也も慌てて立ち上がった。
「……待て、お前――」
 負けたことなどどうでもいい。
 それ以上に訊きたいことが山ほどあった。
「あぁ、そうそう」
 しかし負けてしまったことで鏡也には支払わなければならないものがある。
「賭けの話だけど。約束ではどっちか片方だし、あんたは従順なロリっ娘と年上の女性、どっちがいい?」
 負けたときは殺せばいい。
 そう思っていたが、その考えが頭から抜け落ちるほどに鏡也は動揺していた。
 それでも冷静になって状況を判断し、殺すべきかと思い直したところだった。
「って言いたいところだけど、俺っちぶっちゃけると他人の手に堕ちた女には興味ないんすよ。やっぱ汚れのない処女じゃないとやる気が出ないんすわ。つーことであんたがいいのなら賭けの内容を変えたいんだけど」
 勝負が着いてから賭けを変えるなどあり得ない話だが、もし今より好条件になるというのならそれは願ったりだ。
「……言ってみろ」
 もし更にとんでもないことを言い出したときは容赦なく殺すと思っていたのだが、椎名の返答は予想外なものだった。
「あんたの名前を教えてくれたらいいよ」
「……はぁ?」
「だ、か、ら。この僕ちゃんにあんたの名前を教えてくれないっすか?」
 椎名の言っていることは鏡也の頭では理解が追いつけるものではない。
 何故なら自分は既にこの男に名乗っている。
「名前ならさっき言っただろうが」
「あ? あぁ。そっちの方じゃなくてさ。あんたの本名の方」
「……っ」
 こいつはどこまで自分のことを知っている。
 先ほどの盗賊団の件といい、カマ掛けや当てずっぽうで言っているものだとは到底思えない。
 だがここで椎名を殺して騒ぎを起こすより、この程度で退いてくれるのなら素直に従った方がいい。鏡也としてもなるべく穏便に事を済ませたいからだ。
 あまり鏡也にとって易々と受け入れられる条件ではないのだが、こと今回に限ってだけは致し方ない。こいつを殺したり日姫たちを渡すよりは遙かにマシなことだ。
 そして、鏡也は椎名にその名を告げた。

「佐倉紫苑」

 それを聞いたときの椎名の笑顔は、今までの中でも一番子供っぽいものだった。
「んじゃあ縁があったらまた会おうぜぇ。賭けは俺の勝ちだから無料で依頼を受け持つことはないけど、金さえ払えば情報屋としても力を貸すからさ。あんたとは近いうち再び会うことがありそうだよ、『鏡也』さん」
 そう言って、椎名は人ごみの中へと姿を消していった。
「……」
 深いため息を吐いて鏡也はゲーム機に背中を預ける。
 いつの間にか掌には汗をかいていた。
 気づかないうちに自分はあの男に追い込まれていたようだ。
 騒ぎを起こすというのは避けられたがあの男の目的は何だったのか。鏡也をこれほどまで心理的に追いつめられる人間などそうはいない。
 あれだけでは貴崎の仲間のようには感じられなかったが、かといって白だと言えるような人物でないのは明々白々。
 不思議と、あいつとはまた会うことがあるだろうと思えた。
「鏡也さん!」
 聞き慣れた声が聞こえてそちらを振り向く。
 だがその声は明らかに緊迫としたもの。
 そしてその理由は理恵がたった一人でこちらに戻ってきたことからすぐに思い当たった。
「ガキはどうした!」
 理恵は息絶え絶えになっていた。走ってきたからというのもあるかもしれないが、おそらく事態の大きさに切迫しているから、というのがあるのだろう。
「鏡也さんの言うように、日姫ちゃんをトイレに行かせていたのですが……途中で呼びかけても返事がなくて、おかしいなって思って、中に入ってみたら誰もいなくて……」
 くそっ、と鏡也は吐き捨てた。
 椎名が貴崎と手を組んでいたのかどうかは分からない。たまたま鏡也から離れた日姫をチャンスとばかりに狙っただけかもしれない。
 どちらにしても鏡也は出し抜かれたということだ。
 どこかで魔女の笑い声が聞こえる、そんな気がしてしまったのだった。



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