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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第五章 そして彼は堕ちる(1)

『失態ね』
 灰村に現状を説明して返ってきた最初の言葉がそれだった。
 相手をおびき出そうとして付け入れられるなど愚の骨頂。
 まるで反論の余地はなかった。
『あなたがすぐに工藤日姫を殺しておけばこうはならなかった。違う?』
「……ああ。言われなくても分かってるさ」
 正直に言えば、たかが貴崎という一般人に出し抜かれることになるとは思わなかった。
 例えば椎名が貴崎の仲間であったとしても、日姫をあの男から遠ざける必要はなかったはずだ。もし危険なことになってもすぐに殺せば良かった。
 そうしなかったのは、殺人者の仲間と見なされる理恵と日姫のことを気に掛けたからだ。
 言い訳にもならない理由は灰村に言う気も起きない。
『とにかく、過ぎたことを言っても仕方がないわね。これからは貴崎を見かけた場合、工藤日姫もろとも即座に殺しなさい。もう工藤日姫も生かす価値などないわ』
「……あぁ」
 日姫は貴崎をおびき出すエサとして生かしていた。
 既に貴崎の手に堕ちた今、その存在価値はなくなってしまったのだ。
『貴崎の捜索は私たちの方でも全力を尽くす。いいわね? 工藤日姫はどんな理由があっても今度こそ確実に殺すのよ』
「分かってる」
 半ば一方的に電話を切られ、鏡也は部屋にいる理恵の方に視線を投げる。
「貴崎や怪しい奴を見かけることはなかったのか?」
 鏡也は椎名に足止めされていて日姫がいなくなる場面を見ていない。
 何か知っているとすれば理恵の方なのだが、肝心の理恵も狐につままれたといった様子らしい。
「いえ何も……。どうやって連れ出されたのかも分かりません」
 鏡也たちはとりあえず家の方に戻ってきていたが、このまま悠長とここにいる時間などはない。
 どうやって日姫を連れていったのかは考えていても仕方がないし、何か行動を起こすほか貴崎を見つける手だてはないのだ。
「すみません。私がもう少ししっかりしていれば……」
「気にすんな。別にお前が悪いわけじゃねぇ。落ち度があったのは俺の方だ」
 自信満々に貴崎を釣ろうとしてまんまとエサを捕られたのだ。
 鏡也以外に責のある人間などいるわけがない。
「でも、どうするんですか? 前より貴崎を見つけるのが困難になりましたよ」
 言われなくても分かっている。
 貴崎を見つけようと日姫をエサに使っていたのに、今度はそのエサも無しに見つけなくてはいけなくなったのだ。
 灰村たちは人海戦術を用いるのだろうが鏡也にその手段は使えない。そもそもただ人手を増やしたところで見つかるような簡単な相手じゃないだろう。
 一つの手段としてある男の顔が脳裏によぎったが、連絡を取り合う方法もなければまだ黒ではないと断定できていない。あれに頼って良い方向に傾くとは思えなかった。
「……出かけてくる」
「どこにですか?」
 鏡也は振り向きもせずに一言だけ告げた。
「神頼みだ」


 足音だけが響く空間。
 薄暗いその場所で僅かな灯りが見えてきたところにいる人物は、鏡也の姿を見つけるとクスッと微笑んだ。
 人里離れたところに住む、浮世離れな一人の魔女だ。
「また来てくれたんだね。二回来るだけでも珍しいのにそれも同じ日にだなんて。あなたはどんな味がするのかな」
「反吐みてぇな味だ。期待はしねぇ方がいいぞ」
 鏡也は理恵に行き先を告げることもなく、単身で第二十二区へと再び来ていた。
 こんな場所に鏡也一人で来ていることから、弥生の方もその目的は分かっているはず。
「それで、占ってもらう気にはなったのかな」
「前に俺と来たガキが行方不明になった。そいつの居場所を知りたい」
 何故この魔女を頼ってみようという考えになったのかは、鏡也にも分からない。
 そもそもこの胡散臭い占い師などを信用しているわけがないし、日姫の居場所が占い程度で分かるものかとも思っている。
 だが昼間ここを訪れたとき、弥生は日姫を占って『すぐに貴崎と出会える』と予言した。
 それは実際に当たっていたと言えるだろう。もちろん偶然の可能性が否めないが、弥生の持つ神秘的な雰囲気は確かに人を信じさせる何かがある。
 口元しか見えない表情でも読み取れる笑みを零し、弥生は鏡也の方へと身を寄せてくる。
「いいよ。あなたの人生……幸せな過去も悲痛な過去も余すことなく私に食べさせてくれたら、あなたの『狂気』が向かうべき先を教えてあげる」
 子供のように純真で、大人のような甘美さがある。
 なるほど魔女と呼ばれるのに相応しいと思ってしまった。
「あなたは前の子よりもとってもいい匂いだよ。どんな話なのか凄く楽しみ」
「思い出したくもねぇ忌々しい話だ」
 不機嫌さを隠す気もなく鏡也は舌打ちした。
 そして、少しずつ魔女に鎧を剥がされていく。
 捨てたくても捨てられなかった過去が、初めて他人の前で語られていく。



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