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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第五章 そして彼は堕ちる(2)

「約束よ、紫苑。いつか私を殺して」
 そんな言葉を投げ掛けてくるのは茅原彩という少女。
 その言葉を受けてだらしもなく泣いているのが佐倉紫苑という少年だった。
「ほらほら、泣かないの。男の子なんだから」
「だって……彩お姉ちゃんが、殺してくれ、なんて言うから……」
 彩は紫苑にとっては姉のような存在だ。
 物心ついた頃から一緒にいて、片時も離れることはなかった。
 彩の両親は既に他界しており、今では紫苑の家に居候として住んでいる。血こそ繋がっていないものの、共にいる時間は実の兄弟ともそう変わらないだろう。
 紫苑は十一歳というそれほど子供とは言えない年齢であったが、元が泣き虫なせいなのか辛いことがあるとすぐ泣く癖があった。
 自分でもそれを直そう直そうとは思っているのだが、いつまでもそれが直らないのは偏に彩のせいでもある。
 紫苑が泣くと彩は必ず頭に手を置いてきて、優しく撫でて泣き止ましてくれるのだ。
 一度その気持ちよさを味わった人間がそう簡単に泣かないようになれるわけがない。
 今回は泣かした原因が彩の方にあるというのに、いつものように頭を撫でられたら許せてしまうから紫苑は泣き虫なままなのだった。
「でもね。死にたい、っていうのは本当よ」
「……彩お姉ちゃん」
「そんな顔しないで。別に今すぐ死のうと考えているわけではないしね。それに、人間誰だって死ぬときは死ぬんだから」
 途端に悲しい話をし出した彩の様子は、冗談で言っているものでないというのは分かる。
 ならば本当に紫苑に殺されたいとでも思っているのだろうか。どうして彩のことが好きな自分が彩を殺さなければいけないのか理解ができなかった。
 その後淡々とチェスの続きをやったが、彩の発言のせいで全く集中ができず惨敗という結果に終わってしまった。
「兄ちゃん、ご飯できたよ」
 家の窓から顔を覗かせた弟の春斗に気づいて、紫苑と彩はチェス盤を片付けて家に戻る。
 紫苑の住む第二十二区は田舎であり、それも特に人里離れたこの村では他区との技術力に雲泥の差がある。チェス盤を手に入れるだけで山を越えた先にある街に行かねばならないのだから、どれほど時代に取り残されている村なのか想像がつくだろう。
 街灯と呼ばれる物が存在しないこの村では、夜になれば皆例外なく家に帰り、日付が変わる前に子供も大人も床に就く。家には鍵さえないし、機関の保護も満足に行き届いていない無法地帯であるが、村人全員が家族とも言えるほど親交が深いので何も心配することはない。
 実際にはこれほど治安が良いところもないと思うのだが、それでも彩はこの世界より死後の世界を望むというのだろうか。紫苑のいるこの世界じゃ彩は満足できないということなのか。
 考えても分からないくせに思考の泥沼に嵌まっていく。彩や春斗たちと一緒に食べる夕食も普段なら楽しく感じるはずなのに、終始脳裏には彩の言葉しか浮かんでこなかった。
「何かあったの、兄ちゃん。さっきから何も喋らないけど」
 夕食を終えていつの間にか夜も更けてきたとき、紫苑を見て春斗が心配げな表情をしていた。
 紫苑が彩に依存して生きているというのならば、春斗は紫苑に依存して生きている。
 自分たち兄弟は誰かに依存するのが特徴なのかもしれないと思ったが、子供であるなら誰かに依存することなどよくある話かもしれない。
「何でもないよ。ちょっと考え事していただけ」
「ふーん。そろそろ寝るから布団出すの手伝ってよ」
 春斗と彩が自分たちの布団を出しているのに気づき、紫苑も慌てて二人を手伝う。
 チラリと横目で彩を窺ってみたが、あんなことを言っていた割には彩は普段と変わらない様子だった。
 それを見て安心するというよりはむしろ不安の方が大きい。
 大真面目にあんな発言をして普段と変化なしというのは、つまり日頃からそんなことを思っていたのだろうかと思わされるからだ。
「どうしたの? 紫苑」
 今度はじろじろ見ていたのが気になったのか彩にまで心配を掛けられる。
 彩のせいで紫苑が悩んでいるというのに気楽な人だった。
「ううん。それより今日は先に寝てて。何だかやけに目が覚めてるから」
 紫苑の家は貧乏ではないが決して裕福でもない。
 居候の彩の分まで布団を用意する余裕はないため、いつも彩は紫苑と一緒の布団で寝ていた。ちなみに春斗は自分の兄が独占されているとでも思っているのか、さして彩と仲は良くないため一人で寝ている。
「いいけど……。大丈夫なの?」
 夕食の頃からずっと口数が少ない紫苑を見ていたのでそんなことを訊いたのだろう。
「大丈夫だよ。チェスの練習でもしてるから」
 彩は渋々と言った様子で頷き、春斗と共に眠りに就いた。
 元々両親も寝るのが早いのですぐに紫苑一人だけが起きていることになったのだが、その時間帯を見計らって紫苑は家の外に出た。
 本当は少し眠かったのだが彩にあんな嘘をついたのには理由がある。
 明日は彩の誕生日だった。
 普通の家庭なら誕生日プレゼントというものを買ってあげるのだろうが、生憎とそんなお金もなければ近くに買ってあげられるようなものもない。
 なので紫苑は村の外にある花畑に行って、花を摘むことにしたのだ。
 おそらく、もっと都会の方に住む人にはこんなものはプレゼントとは呼べないと言われるだろう。
 だがこの村ではそれくらいのプレゼントしか用意できないし、貰う方だってそれで充分だと感じるものだ。
 プレゼントは物よりも気持ちが大事、というのはよく聞く話。
 ただこの村では純粋にプレゼントの基準が低すぎるからというのが大きな原因になりそうなものではある。
 どちらにしてもこれで彩が喜んでくれるというのなら、少しくらい眠気を我慢したってお釣りがくる。
「っと、これくらいでいいかな……」
 花束になるくらい花を摘んで、すっくと立ち上がる。
 村の子供が起きているような時間ではないため、外は既に真っ暗だった。街灯もないので月明かりを頼りにして帰るしかない。
 田舎は夜になれば皆寝静まって、外は虫の鳴き声しかしなくなる。だがその紫苑の耳に聞き慣れぬ音が入ってきた。
「……バイク?」
 第二十二区、それも紫苑の住む村では車やバイクを持っている人などまず見かけないものだ。
 当然バイクが走るところを見たのも数回くらいしかなく、こんな夜中に聞くことは非常に珍しかった。
「旅行にでも来てるのかな」
 紫苑たち田舎の人間からすれば都会の技術力が羨ましく思えるのだが、都会に住む人間には田舎の清潔さが羨ましいらしい。
 無い物ねだりは誰でもするのか、何も目新しいものがない第二十二区にも旅行者というのはいたりするのだ。
「いいから帰らないと」
 いよいよ本格的に眠気が襲ってきて体もふらついてきた紫苑は、遠くに聞こえるバイクの音を無視して村の方へと戻っていく。
 予感、というものがあったかどうかは定かではない。
 普段と違うことがあった日は、これまた連鎖するように変わったことが起こったりする。
 その点で言えば、彩が殺してと頼んできた今日は完全に異質だったと言えるだろう。
「……え?」
 村がよく見える丘に立ったとき、紫苑はそんなことを思ってしまったのだった。
 紫苑の住む村には街灯がない。
 だからこそ紫苑は暗闇の中月明かりだけを頼っていたのだが、現在紫苑の村は遠目からでもよく見えるほど明るかった。
 それは太陽が光を発するような、火が生み出す灼熱の光。
 村は大火によって焼き尽くされていた。
「……」
 喉が潰れたのかと思うくらい声など出なかった。
 紫苑は盗賊団の話を聞いたことがある。
 集団で街や村を襲い、金品や人を攫っていく恐ろしい集団だ。
 第二十二区ではそんな彼らを古い言葉を用いて『盗賊団』などと呼んでいた。金目の物が一切ない第二十二区には縁遠い話で、物語の中にしか見られないような人たちであったからだ。
 だがどうして気がつかなかったのだろうか。
 確かに紫苑の村を襲ってもまともな金品などは手に入らない。それでも人を攫うくらいのことはできるだろう。
 何より、機関の保護が全く行き届いていないというのが、盗賊団からすれば最高の条件になりうるではないか。
 バイクに乗った集団が村に火を放ち、家を荒らして村人を傷つけていく。
 見れば男性は次々と殺されていき、若い女性は暴行を受けて抵抗できなくされた後、車の中へと積み込まれていた。
 紫苑の瞳にその光景が鮮明に刻まれていく。
 写真記憶という特異体質を持った紫苑の目は、一生忘れられない映像を焼き付けていく。
「紫苑! 紫苑はどこ!」
 心臓が大きく跳ね上がった。
 紫苑の大好きな少女が盗賊団に腕を掴まれて引き摺られていたのだ。
 自分の名を呼ぶ彼女は近くにいた盗賊団の一人に殴られると、あっけなく気絶して乱暴に車の中へ押し込まれていった。
 それはまさに地獄と呼べる有様。
 紫苑の両親は既に倒れている。ここからでは生死の判断はできないが、周囲の様子を見ても助かる見込みがないのは明白だ。
 いつも紫苑にべったりしていた弟の春斗は、ナイフで大きく背中を斬られて地面に横たわってしまった。
 盗賊団の下卑た笑みと下品な笑い声だけが最後に残り、彼らは村の女性を連れ去って遠くへと走り去っていく。
 紫苑は力なく膝をついて、気づけば花束から手を離してしまっていた。
 体が震えてもいないのは、恐怖が一周して感覚が麻痺しているからかもしれない。
 二桁になったばかりの年頃の少年には、この現実は想像以上に厳しすぎたのだ。
 皆が襲われているのに助けにいかなかった自分を憎む、なんて格好良いことは思っていない。
 あんな連中に、立ち向かえるわけがないのだ。
 自分が助けに行けないのは当然だった。誰も紫苑を責められる者などいやしない。
 だが、そう思っていても簡単に割り切れないから紫苑は甘くて不器用な奴なのだ。
 どうして、という言葉すら出ない。
 襲われるなら紫苑の村でなくても良かっただろう。他の村が襲われていたっていいはずなのに。そんな醜い思考が頭の中を駆け巡っていく。
 子供に相応しくないその思考は、ある一つの終着点へと辿り着いていた。
 何故自分がこれほど悲しまなくてはいけないのか。何故平凡に暮らしていた村の人たちが殺され、彩は連れ去られていき、自分はこれほどの苦痛を味わわないといけないのか。
 不公平ではないか、と思った。
 本来こんな感情を抱かなくてはいけないのは、簡単に人の命を奪えるような彼らのような連中の方だろう。
 善人が殺され悪人が笑う。
 そんな世界は間違っている。
 機関はそれが分かっていないから第二十二区をしっかりと守ることができないのだ。
 ならば自分がそんな世界を正さなくてはいけない。
 少なくとも、彼らにだけはそんな世界だと認識させてやらなければいけない。
 彩が拒絶したこの現実世界は、それほど甘くなく、残酷な世の中なのだと思い知らせてやらなければならない。
 紫苑は立ち上がった。
 しかしその足が村の方へ向けられることはなかった。
 紫苑の目は便利だ。見たくもない地獄を鮮明に記憶させるが、決して忘れたくない人たちの顔も絶対に忘れはしない。
 村を襲った盗賊団、二十二人の顔は全て憶えていた。
 その日、佐倉紫苑という少年は死に、復讐を糧に生きる佐倉鏡也という男が生まれた。



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