×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

彼が彼女を殺すまで
First Story

BACK TOP NEXT

第五章 そして彼は堕ちる(3)

「振り向くな。逆らえば殺す」
 人がごった返す街中で、鏡也は一人の男の背にナイフを当てている。
 盗賊団が鏡也の村を襲ってから四年、遂に復讐を実行に移しているのだ。
「……誰、だ?」
「お前、盗賊団に入っていた奴だよな?」
 周囲に不審がられないようゆっくりと歩きつつも、右手に持つナイフだけは男から離れることはない。
 その男も自分がこういう世界にいるというのを理解しているからこそ、取り乱しはせず鏡也の質問に冷静に答えてくる。
「盗賊団……っていうのは、第二十二区の奴らが付けていた呼称のことか」
「いいから答えろよ。少しでも俺の機嫌を損なえば死ぬってことくらいは分かるよなぁ?」
 ナイフを少しだけ食い込ませると、男は僅かなうめき声をあげる。
「……あ、あぁ。確かにその一人だが……昔の話だ。今はもう抜けている」
「抜けてるだと? いつからだ」
「二年くらい前には。……何だ、誰かの仇討ちとかなのか――っ!」
「無駄なことは喋るな。早死にしたくなけりゃな」
 右手を軽く動かすと男はすぐに静かになった。
 鏡也は村が襲われてから四年の間、すぐに盗賊団を襲いはせず殺人技術だけをひたすら学んでいた。
 その空白の四年があれば、確かに今はもう盗賊団を抜けている奴がいたっておかしくはない。
「四年前に襲った村のことを憶えているか? 第二十二区の中でも辺鄙な村だ」
「四年前……?」
 時間稼ぎが得でないことは分かっているだろうから、そこで悩む素振りを見せたのは本当に記憶があやふやだからだろう。
「そのときなら俺もまだいたはずだが……そんなことはあったか……い、いや、そう言えばあったかもしれない」
「ふん、てめぇらにとっちゃその程度の出来事だったってわけか」
 鏡也が一生忘れることのない過去も、この男からすれば些細なものにすぎないのだ。
 それはもちろん、彼らが村を襲うのは日常茶飯事のようなものだったからであろう。
「ま、待ってくれ。俺はもう足を洗ったんだ」
「あぁ?」
 まさに背に当てているナイフを差し込もうとしたとき、それに気づいた男が慌てたように言葉を吐き出す。
「頼む、見逃してくれ。俺だって罪悪感くらいは感じてる。だからあいつらとは縁を切ったんだ。俺を殺したところで復讐にはならないし……それに、俺にはもう、家族だっている」
「……」
「村を襲ったことは本当に悪かったと思ってる。だがあのとき連れ去った女たちはその後機関に見つかって保護されたんだ。だから――」
「だから? その程度で罪が軽くなるとでも思ってんのか」
 盗賊団に攫われた女性が機関の手により解放されたという話は知っていた。
 二年前に大々的にニュースで取り扱われたことがある。男が皆殺しにされ女が誘拐された村での生き残りを保護したというニュース。
 元々機関はあの村をまともに管轄していなかったので、男に一人生き残りがいるというのも知らないのだが、一応少しはあの村のために動くことをしていたらしい。
 だが、もちろん誘拐された女性全員が助かったわけではない。
 既に行方が分からなくなってしまった人物もいたし、死体として保護されたという人もいたくらいだ。
 そして、機関は茅原彩の死も報道していた。
「……許されないのは分かってる。お前は多分その村に知り合いでもいたんだろう? それが奪われる苦しみは今の俺には分かるんだ。俺も大した会社になんか入ってねぇが普通の女と結婚して子供もできて……幸せって奴を理解できるようになったんだ。お前にも、その幸せは分かるだろう? 死にたくねぇんだよ、俺みてぇな奴でも」
「……そうかよ」
 鏡也が食い込ませていたナイフを抜くと、男が安堵するような表情になったのが分かった。
「それで、お前はそういう命乞いの言葉を何回聞いてきたんだ?」
「……っ!」
 鏡也の問いに男の体が硬直する。
「殺さないでくれって馬鹿みたいに懇願してくる奴らを、その都度お前はどうしてきた?」
「……」
 その返答が自分の生死を分けることくらい、この男にも分かっている。
 そして男は鏡也の望む通りの答えを吐き出されていた。
「……殺して、きた」
「だろうよ」
 男との会話はそれまでだった。
 鏡也はその男を追い抜いて人ごみの中へと紛れていく。
 直後に大きな悲鳴と人の倒れる音が聞こえてきたが、もはやそれは耳障りなものではなく心地よいものへと変貌していた。
「……自分だけが幸せになってんじゃねぇよ、くそったれ」
 誰の耳にも届かない小声が鏡也の口から吐き出される。
 鏡也は一生幸福と言える人生を歩めはしないだろう。自分の親も弟も彩も不幸な運命を辿ってしまった。
 その原因を作った張本人たちが、のうのうと生きているなど許されるわけがない。
 甲高い悲鳴と共に、鏡也の復讐が始まっていった。



BACK TOP NEXT