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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第五章 そして彼は堕ちる(4)

 いくら全員の顔を憶えているとはいえ、そう簡単に二十二人の居場所が分かるわけではない。
 それなりに裏のルートを辿って情報収集はしているものの、鏡也が二十一人目を殺したときには、最初の一人目を殺したときから優に一年は経過していた。
 機関の報道でも徐々に大きな事件として認識されていくようになり、十人を超えた頃には連続殺人犯として鏡也の存在は有名になっていた。
 もちろんそんな報道で止まるはずもない鏡也の復讐は次々とエスカレートしていき、いよいよ残すのはたった一人となっている。
 殺した二十一人の内、半数以上は既に盗賊団を抜けていたが、それでも何人もの団員が殺されていってもはや団は空中分解しかけているらしい。そして鏡也が残す最後の一人はその盗賊団のリーダーであることも判明していた。
 いわば五年前の事件の元凶とも言える存在。その男を殺せば鏡也の復讐は終わりを告げるのだ。
 終えたその後のことは考えていないが、今はそんなくだらないことを気にしている余裕はなかった。
 その男は今、目の前にいる。
「動くな」
 一人目のときと同じように背中にナイフを当てると、ピクリと体が震えるのが分かった。
 大きな交差点に差し掛かるところで、周囲は信号待ちをしている人間で埋め尽くされている。
「……俺たちのグループを殺し回ってる、大量殺人犯か」
「詳しいな。なら自分がこれからどうなるかってのも分かってんだろうな」
 信号待ちの人垣の最後尾で行われるそのやり取りに気づく者はいない。無論男が叫べば気づかれてしまうわけだがそんなことをすれば殺されるというのも承知しているだろう。
「俺たちを殺して正義の使者気取りか?」
「何だと?」
「人殺しを殺すお前は善人なのかと訊いてるんだ」
 ナイフを当てられてこれから殺されるであろうことが分かっているはずなのに、男の声に澱みはなかった。
「……逆に訊くが、俺に殺されるお前らは善人だとでも言う気なのかよ」
「いいや、お前と同じ悪人さ」
「……」
「履き違えるなよ。お前は俺たちを殺すことが正義だとでも思ってるのかもしれないが、その実やってることは俺たちと同じだ」
「ほざけ。死にたくなくて小便垂らしそうなのか知んねぇが、口の聞き方に気をつけろ」
「お前みたいな極悪人にナイフを突きつけられている時点で助かるとは思っていない」
 男の言葉が鏡也の意志を腐食する。
 人を平気で殺すクズ共を始末する自分が、こんな奴らと同じなわけがない。
 たかが悪人の言い分。これ以上耳を傾ける必要などありはしないのだ。
「言いたいことはそれだけか。じゃあさっさと死んでもらうぜ、元凶」
「あぁ、機関に捕まるよりお前に殺される方がまだマシだ。俺と同じ悪人に殺される方がな」
「――っ!」
 鏡也は男の背中に思い切りナイフを差し込み、腹の部分から胸の方にかけて一気に斬り上げる。
 真っ赤な血飛沫が舞い、男はその場に倒れ込んだ。
 心臓の鼓動が、一際大きく感じる。
 ここにきて、自分が動揺しているのだということに気づかされた。
「……殺した」
 これで二十二人。五年前に村を襲った盗賊団全てを殺しきった。
 やり遂げた、という解放感が全身に伝わる。
 それと同時に。
「何をやり遂げた?」
 そんな疑問が頭の中に生まれていた。
 鏡也は五年もの間復讐のことしか頭になかったが、その復讐が終えた今得られたものはなんだろうか。
 横たわる死体を見ても何も感じなければ、彼ら全員を殺すことで村人が生き返ったわけでもない。
 五年に渡って自分を動かし続けていたはずだったのだが、それを達成した今になって自分の行動がよく分からなくなってしまった。
 自分は何がしたかったんだろうか。
 この男が言っていたように、正義の使者気取りで悪人を殺しまくっていただけなのか?
 鏡也の五年間はそんなちっぽけなものに過ぎなかったのか。
「あそこです! あそこに殺人鬼が!」
「動くな! 抵抗すれば撃つぞ!」
 そこでようやく周囲の様子に気づき、顔を上げてみると機関の人間が鏡也を囲っていた。
 人殺しの鏡也を捕らえようとしているのだ。
 銃を持っているとはいえ、相手はたった数人だ。多少の訓練しか施されていない機関の奴らに遅れをとるほど鏡也は間抜けではない。
 だが鏡也はその場から動かなかった。
「捕まえろ!」
 抵抗する様子がなさそうなのを見て、数人が一斉に鏡也に襲いかかってくる。
 そして、鏡也は為す術もなく手錠を掛けられ、黒い布を顔に被せられた。
「連れてけ。暴れたときは気絶させて構わん」
「しかし大量殺人犯がまさかこんなに若かったとは……」
 視界が閉ざされ耳にはそんな言葉ばかりが入ってくる。
 鏡也が抵抗しなかったのは、一般人の放った言葉が頭の中を駆け巡っていて余裕がなかったからだった。
 殺人鬼。
 まさに今の自分を形容するのに相応しい。
 鏡也は今まで彩たちのために復讐をしているのだと思っていた。それが彼らのためになると思っていた。
 だが途中から鏡也にとってそんなことはどうでもよくなっていたのだろう。
 結局のところ、憎むべき盗賊団の連中を殺すことに快楽を覚えていただけなのだ。それは決して村人のためでも何でもない。ただの利己的な欲求に過ぎない。
 機関の人間に無理矢理車へ詰め込まれ、服に返り血を浴びた一人の殺人鬼が監獄へと運ばれていく。
 そしてそれからしばらく経った後、一人の少女を殺す代わりに釈放されるという取引を呑んで、彼は再びその手を汚す決意をすることになる。



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