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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第五章 そして彼は堕ちる(7)

「ご察しの通り僕は貴崎っておっさんと手を組んでいたわけなんだけど。あいつの依頼は工藤日姫とその身辺の調査、んで工藤日姫の奪還ってことだったから、既に依頼は終わったんすよ」
 椎名は淡々と自分が貴崎と共犯であったことを話すが、こいつの言うことを信じるなら今更椎名をどうこうしたところで何の意味もない。それが分かっているからこそ椎名も堂々と白状してくるのだ。
「ガキの奪還ってことは、やはりお前が俺とゲームで対戦したのは偶然じゃなかったってことか」
「そういうことっす。ま、俺の役目はあんたの足止めだったんで正確には俺が攫ったわけじゃないけどね。ともかく依頼が成功したってことで僕ちゃんの懐はほくほくになったってわけなんですわ」
「……で、そのお前が今度は俺たちに何の用だ」
 日姫を誘拐するのに協力した男と友好的に接することができるわけもなく、鏡也は込み上げてくる怒りを抑えつつ話を続ける。
「貴崎からの依頼が終わったんならお前はこの件に関係がないはずだろ? 次は何を企んでいやがる」
「俺が考えることはいつも金のことなんでねぇ。さっきも言ったように俺は貴崎の隠れ家を知っているから色々と情報を渡すことはできるってわけだよ。だからそれをあんたたちに売ることでもう一稼ぎしようかなと思ったわけさ」
 あくまで貴崎の仲間ではなく依頼として協力していたわけだからこそ、今度は簡単に鏡也たちに寝返って貪欲に金を得ようと動いているというわけだろうか。
 どこまでも鏡也たちを翻弄する奴だが、金で利用できるなら扱いやすいとも言える。
「信用できません!」
「……ああん?」
 途端に理恵が叫んだことで、椎名が不機嫌そうに睨み返した。
「貴崎の仲間だった奴が何を言い出したところで信用なんかできるわけないじゃないですか! 鏡也さん、こいつの言うことは信じない方がいいです!」
 確かにこれも貴崎と組んで鏡也たちを陥れるための罠、と考えられなくもないが、どのみち鏡也が椎名の話を断れば単独で日姫を捜さなくてはいけなくなる。
 貴崎に奪われている今悠長に捜す暇はないし、いつ情報を抜き取った貴崎がそれを世間にばらまくか分からない。
 それならば全面的にこいつを信用することはできなくても、精々利用するくらいのことは考えた方が建設的だ。
 椎名は理恵の言葉にくっくと笑いながら、刺すような視線を放つ。
「あんたさぁ、何様?」
「……え?」
 嘲笑するように唇をつり上げて、椎名は吐き出すように言った。
「俺は鏡也さんと話をしているわけで。そもそも舞台にすら立てていないピエロのあんたは眼中にねぇんだよ。あんたは貴崎とも工藤日姫とも無関係であり、機関からしてもどうでもいい下っ端だ。要はこの話にお前はいらない、ってわけだ」
「……っ!」
「分かったら黙って自慰でもしてろ。汚ぇ雌でも場を盛り上げるくれぇのことはできんだろ」
 理恵は何か言おうと口を開きかけていたが、結局何も言えず黙りこくってしまう。
 自分がこの状況にどれだけ無関係か自覚しているからこそ椎名の言い分に反論できないのだ。
「んじゃ話を戻しますが」
 本当に理恵のことなど興味がないらしく、椎名は平然と続ける。
「どうするんすか? それなりに金はふんだくるけど俺と手を組まない限り工藤日姫には辿り着けないと思うぜ。それに金なら機関を通じて出すこともできるんだろ?」
「……随分と詳しいな」
「情報網の広さだけが取り柄なんでね。まぁとにかく、依頼をしたいってんならこれくらいは出してもらわないと」
 椎名が投げてきた紙には法外な額が書かれていた。
 これを灰村に出させるのも気が引ける話だが、このまま貴崎を野放しにすればこんなものでは済まないほどの被害があるに違いない。
 そう考えれば、まだこれは破格の値段とも言えるものなのだろう。
「分かった。依頼してやる」
 理恵は不服そうな表情だったが何も口を挟むことはなかった。椎名の言うことが信用できないというよりも、鏡也が日姫を見つければ日姫が死んでしまうから反対しているのかもしれない。
 理恵はああ言っていたが、たとえ貴崎が日姫を殺していないところで、機関は日姫を見逃すつもりなどないだろう。
 貴崎を止められたとしても今後また日姫を狙う者が現れる可能性があるからだ。その可能性を根絶するためには日姫を確実に殺しておくしかないのだ。
「確認しておくが、ガキの方はまだ生きてんのか?」
「それは間違いないと思うっすよ。貴崎は工藤日姫から情報を手に入れても、それが本物だという確証を得るまで動けないっすから。だからそれまでの期間は殺されるということはないだろうね」
 殺されなくても椎名の土産を見ればどういう状況にいるかは一目瞭然。むしろ殺してやった方が苦痛も最小限に抑えられるのかもしれない。
「ただ」
 と、椎名は前置きを置いてこう言った。
「こっちも確認しておきたいことがあるんだけど。あんたの目的は何なの?」
「目的?」
 機関に命令されて貴崎と日姫を殺そうとしているということは椎名なら分かっているはずだが、敢えてそんなことを訊くのはどういう意味だろうか。
「あんたは素直に機関に従うようなタマには見えないからさ。貴崎を殺したいのか工藤日姫を殺したいのか。両方殺したいのか貴崎に協力したいのか。そう言ったことを明確に教えてもらわないとこっちも困るんだわ」
 理恵がぴくりと体を震わせたのが分かった。
「機関が命令するから、とかそう言った話じゃなくて、あんた自身はどうしたいのかってのを訊きたいんだけど」
 二人は鏡也の反応を窺っている。
 確かに、今まで鏡也は自分で考えるということを放棄していた。機関の命令だから日姫と貴崎を殺そう、と思っていた。
 だが鏡也がそれに従わなければいけない理由は何だ。
 機関の人間であるはずの理恵が、灰村に逆らってでも日姫を生かしたいと考えている。
 鏡也だって日姫を殺したいとは思っていない。唯一の理解者でもある日姫を殺したいはずがない。
 しかし肝心の日姫自身が自らの死を願っているのだ。もしそれを無視して日姫を助ければ、彩と同じ結末が待っているかもしれない。
「簡単だ」
 悩む必要などなかった。
 鏡也は彩を苦しませてしまったことを後悔しているのだから。
 今度こそ、同じ轍を踏むわけにはいかなかった。
「貴崎を殺してガキを生かす」
 はっきりと告げた言葉に、理恵が驚いた目でこちらを見つめてくる。
「あのガキが死にたいって思ってんのは貴崎のような奴のせいで他人が傷つけられていくからだ。だったら世間にばらまかれる前に貴崎を殺せばいい。そうすればあいつが死ぬ必要はない」
 日姫が死にたいと思っているのなら、その想いを捨てさせればいい。
 彩のときはそれができなかったから駄目だったのだ。
「……忘れてんのかもしんないけど機関は工藤日姫を逃がす気なんてないんだぜ? あんたが貴崎を殺せたって機関は工藤日姫を殺そうとするだろうに」
 椎名の言うことはもっともだ。
 機関が何よりも危険視しているのは貴崎ではなく日姫の方。貴崎を始末しても日姫がいる限り機関にとっては爆弾を抱えているようなものなのだ。
 当然鏡也が日姫を殺さないと言ったところで、それを許すわけがない。それどころか機関に刃向かったことで鏡也の命も保障されなくなるだろう。
 しかし、それがどうしたというのだ。
 機関が日姫を殺そうとするならそれを護ってやればいいだけではないか。
 そんな戯言をほざけるくらいには、この五年間で成長したつもりだった。
「関係ねぇよ。もし機関が強引に殺そうとするってんなら、俺がそいつらをぶっ殺してやる。元々俺は機関に好感なんざ持ってねぇんだ。あいつらのために動いてやるつもりもねぇし、見ず知らずの人間の命を考えてやるほど善人になった覚えはねぇ」
「ふーん。だってさぁ、藤堂理恵さん」
 理恵は突然話を振られたことに戸惑っていたが、椎名は構わずに言葉を投げ掛ける。
「あんたと同じく鏡也さんは工藤日姫を助け出したいらしいぜ。だったら一刻でも早く貴崎から奪還した方がいいんじゃないすか?」
 理恵が日姫を貴崎の下に居させた方がいいと思っていたのは、鏡也に日姫を殺させないため。
 だがその鏡也が日姫を殺さないと分かった以上、理恵も貴崎の下に行くのは賛同してくれるはずだ。
「……分かりました。私も行きます」
 椎名が口元を歪ませる。
 これで鏡也たちの目的は明確化した。
 鏡也も理恵も、機関のことを考えていなければ、大勢の一般人の命のことだって考えてはいない。
 大切なのはたった一人の少女なのだ。
「居場所を教えろ」
 そうして三人は、貴崎から日姫を取り返すための作戦を話し合うことになった。



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