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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第六章 運命はしかと訪れる(1)

 灰村はため息を吐いた。
 人手に物を言わせてローラー作戦を用いていても、一向に貴崎の隠れ家は見当たらない。灰村が主に捜しているのは第五十九区内であるから、貴崎は区外に逃亡している可能性が高いと言える。
 灰村の立場は機関の中で上位に位置するが、それでも統治しているのは精々第五十九区内だけ。他区に協力を求めるという手もあるが、下手に借りを作るのは得策ではない。佐倉鏡也と交わしている違法取引も灰村の独断で秘密裏に行っているのだ。他区にそれがばれるリスクを抑えるためにも、他の区長たちの手を借りることはしたくない。
 そもそも貴崎が単独犯なのか複数犯なのかさえ掴めていないし、何故機関を崩壊させようとしているのかさえも分かっていない。早めに工藤日姫を殺しておかなかった代償が重くのしかかってきているのだ。
 もっとも工藤日姫の殺害を保留した責任は、佐倉鏡也だけではなく自分にもある。
 ともかく、工藤日姫が読んだ書類は既に隠滅しているため貴崎がすぐに動き出すということはないと思うが、高みの見物を決め込んでいるような余裕は全くもってないのだ。
 落ち着きのない様子で椅子の背もたれに寄りかかると、内線電話が鳴り出した。
 受話器を取り出すと外線に繋がり、聞き覚えのある声が耳に入ってくる。
『お前が第五十九区の区長の後釜だな?』
 盗聴器でその人物の声は幾度も聞いている。
 灰村は一拍間を置いてから答えた。
「貴崎恭志郎、自ら機関に電話を掛けてくるとは大胆なことをするわね」
『お前たちが私のことを掴んでいるのは知っている。今更隠す必要もないだろう』
 一度工藤日姫を連れ去っているのだからそれくらいは分かっていて当然であろうが、特に機関に対して電話を掛けるメリットはないはず。
 それでもわざわざ灰村宛に掛けてきたのには何か意味があるはずだ。
『犯罪者の佐倉鏡也を使ってまで工藤日姫の暗殺を企むとはな。よほど今のお前たちはせっぱ詰まっていると見える、くく』
 カマ掛けかもしれないので黙ってはおいたが、この男はおそらく機関が佐倉鏡也を利用したことを本当に知っている。
 普通に考えれば佐倉鏡也が工藤日姫と共に行動していたので、機関が佐倉鏡也を雇ったのだと推測したのだろうと思えるが、この場合はそうではない。
 何故なら灰村は、佐倉鏡也が後々使えるかもしれないという理由で個人情報を公開していないからだ。
 一年前からの連続殺人事件は有名だしその犯人が捕まったことも公表されているが、佐倉鏡也という個人は公にされていない。犯罪者の、という言葉を用いるからには、貴崎はそのことまで理解していることになるのだ。
 工藤日姫に吐かせたのかもしれないし、独自のルートで調べ上げたものかもしれない。どちらにせよ、こちらのことを隅々まで把握されているようで気味が悪くなってくる。
『自分たちの悪事を隠すために悪人を利用する。……もしこれが物語として語り継がれるのなら、果たして悪役として描かれるのはどちらの方だろうな』
 悪事を隠しているのはその通りではあるが、佐倉鏡也を利用してまで保身に走っていると思われるのは心外だ。灰村たちはあくまで、機関が潰れることで世の中が荒れることを防ごうとしているのだから。
「少なくともあなたが主人公になることはないでしょうね。前区長を殺したことを忘れたとは言わせないわよ」
 電話口の向こうで、高笑いが聞こえてきた。
『そうか、それもそうだな。必要悪を選ぶ人間が主人公になれる資格はないか。ならばお前たちにもそれは当てはまる』
「そうね。もしかしたら私たちでもあなたでもない、別の第三者が主人公になるかもしれないわ。私やあなたに刃向かう正義の使者としてね」
『そんな人物がいれば私が手を汚すこともなかっただろうな。そして、お前たちが機関として世を支配することもなかった』
 そこで、電話が切れた。
 何の用件だったか分からず終いだが、言うなれば機関への挑戦状みたいなものだろうか。
 電話の内容から考えれば、まだ貴崎は世間に公表するつもりはないのだろう。だがあの余裕に満ちた態度は、工藤日姫から情報を抜き取ることに成功したということを示唆している。それを敢えてほのめかすことでこちらの動揺を誘ってきているわけだ。
 貴崎と機関と、どちらが悪か。
 それは灰村にも分からない問題だ。歴史上の戦争にだって善悪がはっきりとした戦いがあっただろうか。
 灰村たちがやっていることはただの偽善なのかもしれない。無関係な一般人のため、と言えば聞こえはいいが、そもそもそんなことを言うくらいなのなら最初から正義のみを行えば良かったのだ。
 必要悪を選ぶ人間は決して正義にはなり得ない。
 それでも、たとえ偽善でも守れる命があるのならば。



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