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彼が彼女を殺すまで
First Story

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第六章 運命はしかと訪れる(8)

 階段の下で響く銃声は日姫の下にも届いていた。
 側には鏡也に止めを刺されて永眠する少女の姿。
 これは、この悪夢は、全て日姫の責任だった。
 日姫が書類を読んだことで遂に犠牲を生んでしまったのだ。鏡也が防ごうとしていたものが崩れ去ってしまった。
 鏡也はおそらく貴崎を殺してくるだろう。この悪夢に終止符を打つために元凶を破壊してくるはずだ。
 そして、最後に彼は日姫を殺す。
 二度とこんな悪夢を起こさないためには、それしか道がないのだから。
 裏口に繋がる扉から、銃を携えた鏡也が出てきた。
 理恵の姿を一瞥した後に、日姫の方に視線を向ける。
「……覚悟はできてる」
「そうかよ」
 鏡也が日姫を助けようとしていたのは、誰も犠牲を生まずに貴崎を倒すことができたときの話だ。
 しかし既に理恵が死んでしまい、その夢は脆くも断ち切られてしまった。
 もう日姫が生きていい理由などこの世界のどこにも存在しない。
 鏡也からしたって、自分の大切な人間が日姫のせいで亡くなったことになる。機関が崩壊することに関心がなくても、既に日姫は敵意を向ける対象となってしまっているのだ。
 鏡也は右手で銃を日姫に向け、左手で携帯電話を取り出した。
 屋敷内が静かなせいか、電話先の女性の声は日姫にもはっきりと届いた。
『どうなったの? 屋敷に行くと言ってから何の連絡もなかったけど。まだ私たちがそっちに行くまで時間がかかるわよ』
「……貴崎には逃げられた。死にかけだから近くを捜せば簡単に見つかるだろう」
 どうやら貴崎は鏡也の追撃を逃れることに成功したらしい。だがどのみちあれほどの怪我を負っていては、雲隠れする余裕などないだろう。
『それで? 工藤日姫は?』
「その前に言っておくことがある。理恵が貴崎に撃たれて死んだ」
『そう、それで工藤日姫はどうしたの?』
「……てめぇ」
 ぎりぎり、と鏡也が電話を握る力が強くなる。
「自分の部下が死んだってのに随分冷たい反応じゃねぇか! そんなにガキの生死だけが心配なのかよ!」
『私もあの子が死んで悲しいわよ。でもそんなことを言っている場合ではないわ。今は工藤日姫の方が優先すべき事柄なのよ』
「……そうか。じゃあ聞いていろ。お前の大好きな工藤日姫は今この場で殺してやるからよ」
 鏡也の冷えた瞳が日姫に向けられる。
「何か言い残すことはあるか?」
 日姫は隣にいる理恵を見て、顔を苦めながら口を開く。
「すまなかった。私のせいで……犠牲が生まれた」
 鏡也は何も言わない。その胸の内では日姫に対する恨み辛みが渦巻いているのかもしれない。それを表に出さないのは鏡也が優しいからだろう。
「私が言いたいのはそれだけだ。早く、殺してくれ」
「そうか。じゃあ最後の質問だ」
 鏡也は撃鉄を起こし、日姫の額に照準を付けた。
「お前は、死にたいと思っているか?」
「な、にを……」
 何を言っているんだと叫びだそうとした日姫を止めたのは、鏡也の携帯に繋がっている電話の声だ。
『何を言ってるの佐倉鏡也! 早く工藤日姫を殺しなさい!』
「黙ってろ。俺はこのガキと話してんだ」
 鏡也の表情には感情がなく、ただ言葉だけが放たれる。
「工藤日姫。お前は、死にたいと思っているのか?」
「さっきからそう言ってるだろう! 私のせいで理恵は死んだんだ! これから先私が生きていればもっと犠牲が生まれる! だから早く殺してくれ!」
「違うな」
 鏡也の意図が掴めず混乱している日姫をよそに、鏡也は冷静に続けてくる。
「それは合理的に考えたてめぇの論理だろう。死んだ方がいいから殺してくれなんて言葉に興味はねぇ。俺が聞いてるのはお前自身が生きたいのか死にたいのかってことだ」
『いい加減にしなさい佐倉鏡也! 彼女を苦しませないで!』
 鏡也は何を言っている。
 出会ったときから殺してくれと言い続けてきた。だからこそ鏡也も日姫を殺そうとしているのではないか。
 生きたいのか死にたいのかなどというのは愚問だ。日姫が生きていれば理恵のように人が死んでいく。そんなことを耐えられるわけがない。
 だから……。
 だから、死にたい?
 日姫の口が震えた。それを口にすべきなのに、口にしていいのかという疑問が頭に浮かぶ。
 自分が生きていることで誰かが苦しんでいくなど耐えられない。それは素直な気持ちだ。
 けれど日姫は。
「私、は……」
 鏡也たちと一緒に朝食を食べたことを思い出す。
 下手くそな料理を鏡也と一緒に食べたことを思い出す。
 祖母の家で――料理を教えてもらったことも。
「生きたい!」
 気がつけば口が動いていた。鏡也も電話先の女性も声を出すことなくそれを聞いていた。
「死にたくない! また料理を作って鏡也と一緒に食べたい! またおばあちゃんのところに遊びに行きたい! ゲームセンターに行ってたくさんゲームで遊びたい! それから……それからっ」
 自分は何を醜いことを口にしているんだ、と思う。死んだ方がいいと分かっているくせに、生きたいなどと身勝手なことを言って。昨日の自分が見たら鼻で笑いたくなるような無様を晒しているに違いない。
 でも、日姫はその程度の人間なのだ。
 自分が死ねば苦しむ者が減ると分かってはいても、実際に目の前で人が殺されようとも、だからといって快く死ねるなどと思える強い人間じゃなかった。
 究極的に、日姫はわがままだった。誰がどれだけ死のうが、自分は死にたくないのだ。物語の悪役に相応しいそんな利己的な考えを持つ子供だったのだ。
 日姫の体は震えていた。その目からは涙が溢れていた。怖いのだ。銃口を向けられ、これから殺されようとしているこの状況が。
 死にたくなかった。
 けれども、神様はそんなに甘くはなかった。
『佐倉鏡也! 早く殺しなさい!』
「分かってるよ」
 冷徹なまでに冷たい瞳が容赦なく日姫を睨み据える。
 もう、そこにさっきまでの日姫はいない。他人のために命を投げ出せる強い人間はいない。涙でぐちゃぐちゃに顔を歪めた醜い子供がいるだけだった。
「さよならだ。工藤日姫」
 悲しい音だけが、日姫の耳にするりと入って響き渡った。



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