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彼が彼女を殺すまで
First Story

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エピローグ 少年と少女(2)

 灰村は力強く電話を握って、電話先の相手に怒りをぶつける。
「工藤日姫に生きたいと思わせてから殺すなんて……あなたは本当に最低な殺人狂ね!」
 佐倉鏡也は工藤日姫に生きたいのかどうか尋ねた。それは工藤日姫の本心をさらけ出させることとなった。
 せっかく自ら死のうとしていた少女の、その覚悟を打ち壊してから殺したのだ。
 しかし電話から返ってくる声は、抑揚のない冷えたものだった。
『てめぇには言われたくねぇよ。部下が殺されたくせに何も気にかけない偽善者にはな』
 灰村は下唇を強く噛む。
 そもそも工藤日姫を殺すよう仕向けたのは自分だ。その自分が佐倉鏡也を責められる資格はない。
「……そうね。お互い様」
 灰村は血が滲む唇を拭って、事務的な会話だけ続ける。
「とりあえず、お仕事ご苦労様。貴崎に関してはこっちで回収しておくわ。あなたは五十九区の家に戻ってなさい。また仕事が来たときには連絡を入れるわ」
『監視役は死んじまったがどうすんだよ。俺一人野放しにしていいのか?』
「……まぁ、元々監視役なんていなくても問題はないしね。あなたが何かすれば、こっちには簡単に筒抜けになる。その内新たな監視役を送るかもしれないけれど、しばらくは一人で居ていいわ」
『そうか』
 電話が切れる。灰村は持っていた携帯電話を乱暴に床に投げ捨てた。
 部下のことを気にもかけない偽善者。佐倉鏡也が言っていたことはもっともだ。その報告を受けても真っ先に工藤日姫の生死だけを確認していたのだから。
 それでも、灰村の瞳からは大粒の涙が溢れ出てきていた。
 灰村が第五十九区の区長に抜擢されたのは、血も涙もないほどの冷徹さを買われたからこそのこと。
 しかし、灰村は決して自分がそんなに強い人間でないと知っている。
 本当は誰より感情豊かだった。ただそれを隠すのが得意だっただけだ。
 工藤日姫の死。藤堂理恵の死。度重なる事柄は灰村の胸をきつく痛めつけていた。
 灰村が工藤日姫を殺すことに、何の罪悪感も感じていないわけがない。できるなら何も悪くないあの少女を殺したくなかったし、代わってあげられるなら自分が死んでやりたかったくらいだ。
 それでも区長として、工藤日姫を殺すことを放棄してはいけない。国のために灰村は自分の感情を捨てたのだ。
 そして、藤堂理恵は灰村の初めての友達だった。
 三年前に茅原彩を保護し、彼女は生きていくため『藤堂理恵』となって機関の一員となった。同じくまだ機関に入り立てだった灰村は、そこで理恵と出会った。
 理恵は村が襲われたとき、いつも一緒に寝ていた人がその日だけ側にいなかったらしい。それがトラウマになっているらしく、今でも一人で寝るのが怖いのだそうだ。だからよく灰村のベッドに勝手に潜り込んできて、散々迷惑をかけさせられた。
 だがそれは、灰村にとって初めての温もりだった。
 彼女と一緒にいるのは楽しかったのだ。
 だからこそ憎い。彼女の死を知ってもすぐにやるべきことに没頭できる自分の狡猾ぶりが。あの佐倉鏡也さえも騙せる自分の詐術の巧さに。
「偽善者ね……本当に」
 溢れ出る涙を拭う。灰村は区長として、こんなことで泣いていじけている場合ではない。工藤日姫のためにも、藤堂理恵のためにも、この国の治安を守ることに全力を注ぐべきだ。
 それが偽善でも。時には悪と罵られようとも。灰村はこの孤独な道を選んだのだから。



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