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彼が彼女を殺すまで
First Story

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プロローグ 約束

「死ぬって魅力的だと思わない?」

 不意を突くような彼女の問いに、紫苑しおんは手に持っていたチェスの駒を落としてしまった。
「な、何を言ってるの、急に」
「そう思わない? 紫苑はどう?」
 紫苑は落としたルークを拾い、少し迷ってから指す。
「僕は思わない」
 空が群青色に染まっていき視界も悪くなる中、二人は村の外でチェスをしていた。村にはこのような高価な物を手に入れる場所などないが、紫苑の親が遠くに遊びに行ったときに買ってきてくれたお土産だ。
「どうしてそんなことを訊くの?」
 奇妙な質問を投げ掛けた彼女――茅原彩かやはらあやは、紫苑のルークを造作もないようにクイーンで奪い取った。二人ともルールを知ったばかりの初心者だったが、頭の回転の速さが違うのか、彩はいつも紫苑の一手先を読んでいた。対して紫苑は、盤上での複雑な戦いに目を追うことすらできていない。
 ルークを取って得意げな表情になった彩だったが、それも一変、すぐに真面目な表情に戻る。
「私は、死ぬのがとても尊くて美しいものだと思うの」
 彩は取ったルークを、寂しげな目で見つめてから手元に置く。
「チェスは相手の駒を取ったらどうなると思う?」
「どうなるって……ゲームから除外されるんだよね?」
 チェスに似たゲームで、取った駒を自軍の物にしてしまうものがあるらしい。だがチェスでは一度取られた物は二度とゲームに登場しない。
「そう、つまりチェスで取られた駒は、この盤上という世界から消えてしまうのよ」
 ルークを失った痛手を取り戻すために、紫苑はポーンをクイーンの斜め前に置く。次にクイーンが動かなければポーンで取ることができる。
「それくらいは僕も分かってるよ。何が言いたいの?」
 まさかルールの確認をしているわけではないだろう。何を意図にこんなことを言い出しているのか、紫苑には理解ができない。
 すると彩は、クスッと笑って紫苑を見据えてきた。
「じゃあ、盤上の世界から消えた駒はどうなるか分かる?」
 またも悩むことなく彩はクイーンを動かし、先ほどの紫苑のポーンを取ってしまう。
「どうなるも何も……」
 ゲームから除外された駒がどうなるかなんて考えたこともない。ゲームに要らない駒を気に掛ける必要がどこにあるのか。
「分からないでしょう? 紫苑には盤上の世界しか見えていないから」
 紫苑は手を止めて、彩の質問に意識を傾ける。
「彩お姉ちゃんは分かるの?」
「ううん。これはきっと除外された駒にしか分からないわ。盤上の世界で生きる者たちが、それ以外の世界のことなんて考えることができないもの」
 彩は憂うような目つきで、チェス盤を見つめる。
「私ね。占い魔女に会ってきたの」
「占い魔女? 遠くの山の方にいる?」
 こくりと頷く彩を見て、紫苑は驚きを隠せなかった。付近の山奥に住んでいると言われる占い魔女は、この付近では有名だけれども、村の者で会ったことがあるものはいなかった。ただの噂なのかもと思っていたのだが。
「占ってもらったわよ。私の未来」
「な、なんて……?」
「死にたいって言ったの。そうしたら、『死にたいならできるだけ早く死んだ方がいいよ』って。『ぐずぐずしてると後悔する』って言われたわ」
 予想を越えた内容に、紫苑は動転した。
「な、何それ。何で死にたいなんて。本気なの?」
「本気よ。さっきも言ったじゃない。死ぬのは尊くて美しいって。だから早く死にたいなぁって」
 紫苑には彩の言葉が心底理解できなかった。元々掴み所のない性格をしているけれど、こんなことを言われたのは初めてだ。
「死んだら終わりだよ。死んじゃ駄目だよ」
 ただの子供に過ぎなかった紫苑には、それしか言うことができなかった。
 だが彩は、紫苑の子供じみた意見を簡単に一蹴する。
「どうして死んだら終わりだと思うの? チェスで言う、『盤上から消える』だけであって、その後何が待ってるかなんて誰にも分からないのに」
「そ、それは……」
「むしろ死んだ後に何が待ってるか想像しただけで気分が高揚するわ。人はみんな死後の世界を恐れているけど、見たこともないのにどうしてそんなことが言えるのかしら。第一、死後の世界を恐れるほど、この世界はそんなにも良いところなのかしらね」
 彩の言葉は真理だと思った。確かに紫苑は死後の世界を知りもしないのに、死んだら終わり、などと思っていた。それはただの、盤上にいる者の考えでしかないというのに。
「彩お姉ちゃんは……本当に、死ぬ気なの?」
 夕食のできる時間帯なので、村の人たちは殆ど家の中に入ってしまっていた。静かな夜の中、彩は顔を見上げる。
「そうね。紫苑にだったら、今すぐにでも殺されたいわね」
 信じられない回答に我が耳を疑うが、それがすぐに冗談で言ったわけではないと悟る。
 それはとても、心からの望みのように聞こえた。
「何言ってるの。そんなの……嫌だよ」
「もう、わがままを言わないの」
 駄々をこねる子供をいなすように、彩が紫苑の頭を撫でる。
 彩は雲で見え隠れする月を眺めながら、まるで羨望するように告げた。

「約束よ、紫苑。いつか私を殺して」



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