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死刑囚の少女

Novel

 両手にかかっている手錠で乱暴に鉄格子を殴る。
 金属がぶつかり合う耳障りな音が響き渡るが、リィラはそれでも構うことなく鉄格子を殴り続けた。
 当然こんなことで鉄格子を破壊できるとは思っていないのだが、リィラの目的は不愉快な音につられてのこのことやってくる看守の方だ。
「いつもいつもうるさいわねぇ。そんなにそこにいるのが嫌い?」
「……監禁されて喜ぶマゾがどこにいるのよ」
 ぼさぼさの長髪の向こうから鋭い眼光で相手を睨むも、看守の方は意に介しているようには見えない。
 この程度の反抗は既に見飽きているのだ。
「監禁されて喜ぶマゾはいないかもしれないけど、監禁して喜ぶサゾはたくさんいるのよ。そんなサゾたちが最も快感を得られる瞬間って知ってる? 今のあなたのように、思いっきり反抗しているのを見た時よ」
 以前にシャルルと名乗っていた看守の若い女性は、子供をあやすような目つきでリィラを見下ろしている。
 一方、シャルルよりも一回り若いリィラの方は、未だ殺意を込めた視線を彼女に向けていた。
「……それで? そんな私の醜態を見ていたシャルルさんは、ここぞとばかりに快感を覚えるサゾなんですかねぇ」
「もちろん。じゃなきゃこんな場所で働くわけないじゃない」
 完全に挑発のつもりで言っていたのだが、彼女の即答に思わず唖然としてしまった。
 それから、リィラの口元が緩やかに歪んでくる。
「へぇ……あんたやっぱり面白いね。看守ってのはどこに行っても偽善面した悪人ばっかだと思ってたけど、自らの悪党っぷりを認める奴は初めて見たよ。最っ高に気色悪い」
「それって褒め言葉? 数多くの看守を見てきたって言えるあなたも、端から見ればとても気味悪いんだけどね。自覚してる?」
 チッ、と舌打ちが監獄に響く。
 監獄にはリィラ以外の囚人はいなく、いつもリィラとそれを見守るシャルルの二人しかこの場にはいない。
 暇潰しの為にこの女性とはよく会話をするが、その内容は毎度こんなものだ。
「いい加減におとなしくした方がいいと思うわよ。あなたの罪は重いけれど、年齢を考慮して極刑は避けるべきだと進言している人はいる。生きたければ下手に心証を下げない方がいいわ」
 まだ十五にも至らない彼女を死刑にするというのは、確かに論争が起こってもおかしくはない。それでもそこまでの事態を招いているのは、ひとえに彼女が今までに重ねてきた罪の重さ故だ。
 看守を睨み上げるのも疲れたリィラは、観念するように仰向けに倒れた。
「私、国家も法律も嫌いなのよね。犯罪を抑制するのはいいけど、裁きを下すという名目で人殺しをするなんて犯罪者と一緒よ。そして、それを認めてる国民もね」
「仕方ないでしょう。抑制するには実際に裁きを下すしかない。ある意味見せしめとも言える行為だけど、こうでもしないと人間なんて理性を保てず暴走するだけの出来損ないなのよ。文句があるなら最初っから犯罪を起こさないことね。リィラちゃん」
「ちゃん付けで呼ぶなって言ってるだろ糞ババァ。いつまでも私を子供扱いするんじゃないって」
 実際には二桁も歳は離れていないはずなので、ババァ呼ばわりはおかしいがそれこそ子供扱いにも納得いかない。
 シャルルは悪態をつくリィラを見かねるように首を振るが、直後真面目な顔つきでこちらを見つめてくる。
「……ねぇ、今日があなたの死刑執行日よ。まだそれに反対する輩も大勢いるけど、きっと覆ることはないでしょう。あなたはこの結果に満足してるの?」
 ここに来て一度も見せたことのない憂いを帯びた表情。まるでリィラのことを心配しているかのような口ぶりだった。
「さっき言ったでしょ、国家も法律もあんたも嫌いなの。誰が満足なんかできるかっての」
 寝返りながら適当に言葉を返すと、鉄格子の向こうからクスッとした笑い声が聞こえる。
「そういうところは素直なのね。あなたを見てると妹を思い出すわ。あなたと同い年の子なんだけど、手を焼く割には素直なところとかそっくり」
「へぇ奇遇だね。私にも姉がいるよ。むかつく奴だと思ってたら予想以上にもっとむかつくところとかそっくり」
 リィラは家族と絶縁している為、姉とまともに会話をしたのは数年前に遡るが、喧嘩の絶えない姉妹だった。
 きっと、彼女は現在のリィラを許しはしないだろう。
 ふて腐れるように死刑執行を待つリィラだったが、直後に投げられた言葉に耳を疑った。
「ねぇ、ここから逃がしてあげようか?」
 その提案に思わず体を起こしてしまったのは無理もないことだ。
「妹に似ているあなたを見殺しにするのは寝覚めが悪くなりそうだからね。あなたが素直にここを出たいって言ってくれれば考えてあげてもいいんだけど」
 冗談で言っているというわけでないことは、彼女の目を見てすぐに分かった。
 しかし、世の中には冗談で言ってはいけないことがあるように、本気で言ってはいけないことと言うものもある。
「マジで言ってるの? そんなことしたらあんたも立派な犯罪者よ。サゾとは思えない台詞を吐くものね」
「相手が死んでしまったらサゾも楽しめないものよ? それに、あなただってここを出たいんでしょう?」
 当然のことを訊いてくる彼女に、リィラは一瞬言葉に詰まってしまった。
 けれども、真剣な表情で馬鹿な問いを投げかけてくる彼女に敬意を表して、こちらも真摯な態度で対応することにした。
「御免だね。あんたに助けられるくらいなら死んだ方がマシ」
「……あなたこそ、本気?」
 信じられないものを見るような目つきだったが、その目をリィラは正面から見据える。
「本気だよ。私は法律には納得できないが、私が死刑になって納得する人はこの世に大勢いる。私はそれだけのことをしてきたんだ。今更死ぬのを恐れるような惨めなことはしたくない」
「でも! ……あなたが死んで納得のいかない人も大勢いるというのは事実よ。それにさっき言っていたじゃない。こんな結果で満足はしていないって」
「満足なんかしなくていいさ。何の悔いもなく死ねる奴なんざいやしない。だったら、せめて選び取れる範囲内で最高の結末を望む」
「その結末が死刑なの? あなたって昔からそうよね。そうやって自分だけ世界の真理を得たような口ぶりでかっこつけて。内心では震え上がってるくせに」
「おいおい訳の分からないことを口走るなよシャルルさん。それに、私のどこが震えてるって?」
 悠々と手を広げてみせるリィラだったが、シャルルの方は憮然としたままだ。
「私が助けてあげるって言ってるんだから従いなさいよ。死刑になるより嫌なことなんて何もないじゃない。どうして拒むわけ?」
「だって、私を助けたらあんたも捕まるじゃないか」
 ビクッと、彼女の仮面が外れる様がよく分かった。
「リィラ、私は……」
「それにほら、お迎えが来たみたいだよ」
 その言葉に慌てて目元を拭ったシャルルが急いで振り向くと、丁度扉が開いて二人の男が監獄に入ってきた。
「時間だ」
 片方の男がそれだけ言うと、リィラの方へと向かってくる。
 無言で後退るシャルルを横目に、牢の扉を開けて座っているリィラを無理矢理起き上がらせてきた。
 意外にも抵抗する様子がないことに二人は驚きを隠せないようだったが、それでも職務を全うすべくリィラを牢から連れ出そうとする。
 シャルルがそこで口を挟んだのは、起き上がらされたリィラの手を見たからだろう。
「待って、あなたやっぱり――」
 言い終える前に、さっきまで無様に震えていた手で彼女を制す。
 ここで少女らしい綺麗な笑みでも浮かべられれば良かったのだろうが、恐怖のあまりぎこちない苦笑いを作るだけで精一杯だった。
「……私の姉に会ったら伝えておいて。『今まで迷惑をかけてごめんなさい』って。不思議なもんだね、こういう状況だと普段は出ない言葉が簡単に出るんだから」
「あ……っ!」
 何か言い返そうとするも言葉が出ないシャルルから目を逸らして、満足したようにリィラは手を下ろした。
 そのまま二人に連れられて部屋を出ようとするが、最後にもう一度だけシャルルの方を振り返ってみる。
 そして、こちらに顔を向けることもできない彼女の後ろ姿を見て、今度こそ本当に笑ってしまった。
「もう一つ。『久しぶりに口喧嘩できて楽しかった』って……そう、伝えてね」
 金属製の重い扉が閉められると、扉の向こうから泣き崩れる音が聞こえてくる。
 怪しげに見つめてくる二人には、さっききついこと言い過ぎたかも、などと適当に言い訳することで事なきを得た。
 その日、一人の少女に死刑が執行されたことは、多くの国民にとっては何の変哲もないニュースの一つに過ぎなかったらしい。

 <了>



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